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2012年5月

【読書】ゴーガイ

 大きなことがどーんとあるわけでなく、かといって日々の小さなことでもなく、中くらいのことがいくつもいくつも重なって、しばし追われておりました。 中くらいのボールと中くらいのボールの隙間に小さなボールを効率よくつめていければ、どんどんすっきり片付いていくのでしょうけれど、その空隙を埋めるには中くらいのボールが大きくふくらんでしまい…。

 いろいろなことがあり、それらをふわっと抱えていたいために、最密充填することを放棄してしまった…というのでしょうか。そんな気持ちです。

 それにしても、まだまだ中くらいのボールがいくつかと、そしてそのあとにあいついで大きなボールがごろごろと転がってきます。ここまでボールが乱打してくることは自分の記憶の中ではなかったことで、ちょっと正直、とほうにくれてもいます。ひとつひとつ、打ち返していくしかないですね。

 

 …そんな中で、先日被災地をまわったということから、おすすめされて貸していただいていたコミックを、ようやく昨日から読むことができ、それが久々に心に沁みてじーんとくるものだったので、こちらに書き記しておきたいと思います。

 ”ゴーガイ”岩手チャグチャグ新聞社 (1~3号目) 飛鳥あるとさん作です。

 岩手のローカル新聞社の女性記者、坂東さとると、その上司で表情のない謎めいたイケメン?支局長小田原と、ひょんなことから、この二人に関わっていく妙に日本ツウなドイツ生まれの日本育ちの青年イヴァン・シュルツ…の3人が織りなす岩手模様です。

 岩手にまったく行かれたことも関わられたこともないかたには、もしかしてただ、ふーんと過ぎていくものかもしれないので、特にお勧めはいたしませんが、二回しか岩手に行ったことがないものの、一回目は盛岡から見た岩手山の雄姿と平泉の静謐な空気に感動し、二回目は被災地での数々の光景と、そこで知り合ったかたがたとのこと、ローカル列車から見た、イーハトーブの世界…とまさに感じるおだやかな風景が忘れられない自分には、たぶんたったそれだけの岩手体験でも十分に反応してしまったと思います。

 特に2号目、3号目は涙腺が…。

 一緒に、”美味しんぼ”の被災地編も貸していただいたのですが、うーん…わたしはゴーガイのほうがぴったりきました。

 岩手って、ローカルの新聞社がとてもしっかりしていると感じました。現地で買い求めた震災の時の様子を書いた写真集も素晴らしかったし、車窓からいろんな小さな町にもその新聞社の看板が駅の近くに見えて、本当にしっかり根を張っている地元のための新聞があるのだと。

 そんな新聞のことを勝手にイメージしながら読みました。コミックを読むのは本当にレアなのですが、よかったです。

 今、さまざまなボールころころの影響で、本当にほかの本は何も手につきません。読まなければいけない活字を追うことすら追いつかずで。 今は自分までがごろごろと転がっていっている気分です。どこでどんなふうに止まるのか見当がつきません。

 …そういえば、先日、交差点で青信号を渡ろうとしていた時に、ちょうど携帯に気がいってしまっていて、どたっとこけてしまいました。携帯を壊せない!と思ったもので、携帯をかばって、手の平とひざと顔に擦り傷…そして、両腕に筋肉痛…。交差点で信号待ちをしていた車の人から見ればさぞおかしなシーンだったでしょう。とほほ…。でも携帯は無事でした。よかった…。

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【読書】数学的にありえない

 ずっと鞄の中に入れていた本をようやく、連休で読み終わりました。  

 ”数学的にありえない”… です。

 ストーリーを書くのはもともと苦手ですし、この本は特にすごいスピードで走っていくのでとても私ではうまく表現できないのでパスしますが、 映画にたとえるならば、”レインマン”と”シュリ”が一緒になったような映画でした。…ふつうこの組み合わせはあり得ない気がします。 数字に関する特殊能力のある男性と、ものすごくばったばった倒していく強い女性が主人公で、話の内容は確率論を中心にした数学のトリビア+予知に関するもの。

 文庫本で上下巻にわかれていて、上巻の途中ではほんのちょっとだけペースを落としてしまいがちになるかもしれませんが、特に下巻はノンストップのアクション映画哲学付き。

 本の内容自体は、とてもおもしろいものの、特に”ものすごく、自分の心の中で忘れえぬ本”とまでは言えなかったのですが、巻末で作者がなぜこの本を書いたのか、作者はどういう人なのかを知ると、物語の見方が変わりました。 なんだか、じーん…。

 本を読んでいて、私が考えさせられたのは、”既知“感というものです。この本の主人公はものすごくそれがある人だけれど、この本の中に書かれているように、たぶん程度の差があるだけでそれなりに持っている人は多いわけで、たぶんその力は、正規分布…ではないかなと。私がその正規分布の中のどの位置にあるのかわからないのですが、たとえば、”むしの知らせ”とか”第六感”というものが確かに当たった記憶はあるので、きっと何もないことはないのでしょう。

 ただ、それがいつおこるのかなどの正確さはなく、いつかどこかでふっとそんなことがあるかも…程度で。この本に出てくるように、確率的に、94・27852%は…などといえるようなことはなく。もし自分にこの能力が十分にあれば、迷わずナンバーズを買いますが。

 

 第一、この本はなにげなく手に取って、ふらっと買ってしまったのですが、読み始めた直後に、あるニュースに接して、そのリンクにびっくりしたりもしました。(この本を読まれたかたならばおわかりになると思います。

  この本を読みながら、ふっと心に浮かんだシーンがあるのです。それが本当に将来起こるのかどうか、今は 46・2895634%くらいの確率でわかりませんが(←この数字、いい加減です)、それでも、そんな光景が浮かんだことがとても不思議でした。

 そのほか、この本ですごいと思ったのは、邦題のつけかたです。世の翻訳本にひどい邦題が多いなかで、このタイトルは珍しいほどに秀逸だと思いました。

 

 主人公が魅力的。ハイテンポな進行。さまざまな伏線。そして、知ったつもりになる薀蓄と哲学。 しばしを忘れて楽しむには第一級のエンターテイメント本かもしれません。

 この本を鞄の中に長くいれていたなんて、読者的にありえない。…かもです。

 

 

 昨日の映画といい、今朝読み終わったこの本といい、なんだかちょっと人並みに休日を過ごしている気分で♪  あれこれ仕事もせねばならないのですが、なんだか妖怪人間ベムの叫び・・・・が達成できた気持ちです。…ん?意味不明ですか? ちなみに私が何をどう叫んでも、ちっともムンクのような高値はつきませんね。たは…。

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【映画】サンタクロースになった少年

 とんでもなく季節違いなのですけれど、サンタクロースは、なぜにあんなことをはじめたか…という、クリスマスシーズンにぴったりの映画をレンタルDVDで鑑賞しました。

 幼いころに孤児になってしまった少年、ニコラスは村の人の好意で、村の住人の家(6軒)でそれぞれ一年ずつ、めんどうをみてもらうことになります。毎年クリスマスのころに次の家に…という暮らしを毎年余儀なくされるのですが、村の人たちは貧しい暮らしの中でも少年に心をかけ、そして少年は村人への感謝の気持ちを、クリスマスに手作りの小さなプレゼントを子供たちに贈ることであらわします。シャイな少年は、誰にも自分がしたとは言わずにプレゼントを戸口の前にそっと置くだけなのですが…。やがて6年が過ぎ、6軒目の一年が終わるとき、村に未曾有の不況がおそい、彼の七年目を引き受けたのは、村に大工仕事の製品を売りにくる、口の悪い大工でした。しかし、その大工の家で、ニコラスは腕をみがき、心も通わせていくようになります。そして、ニコラスの生活を大きくかえるできごともおころうとしていました…。(あとは、映画をご覧ください)

 久々に、素直にハートにあたたかい映画に出会いまして、心ほっこり嬉しくなりました。2007年のフィンランド映画だそうです。ロケはラップランドで行われたということで、雪や木の感じ、そして低い位置にある太陽と、その光の差し込み具合が、まさに北欧…で、最近のCGなどではないまさにナチュラルな味わいをかもしだしていました。

 サンタクロースにまつわるいろいろなことをよくとりいれて、ほっこりできる稀有の作品かと思いました。なぜにあんな赤い服をきているのか、となかいさんの理由は…ほかまで、とにかくさもありなんという感じで。

 連休ということで、今日は半期に一度の大掃除?をしました。そのほかあれこれでよれよれになっていたあとだけに、久々にくつろいだ良い時間をこの映画でえることができました。

 今年は、春とは思えないほどの嵐が続きます。なんだか変な気がします。季節感…というのがほっこりしてきなものであることを大事に思いつつも… 季節違いのこの作品にひかれました。 心おだやかにすごされたいかた、連休のレンタルにおすすめです。

 ほかにも何本か借りてきました。ほかの作品もあらためまして。

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