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2011年5月

【映画】ブラック・スワン

 決して、”なにげなく”でかけてはいけなかった映画に、”なにげなく”でかけてしまいました。

 「ブラックスワン」です。

 ある会合の最後に、チェアマンから、”ところで、みなさん、ブラックスワン… これはぜひ。”と言われました。半ば、次回の会合までの宿題?のようなニュアンスでいわれたことと、芸術と文化に精通しておいでのすてきなかたの言葉に、ぴょんととびついて、見にでかけてしまったのですが、身構えかたが足りなかったのか、ほとんど雷にうたれたような状況で、上映後に、席を立つことになりました。もっとも身構えて行っても、あれほどのものの中では、きっと五十歩百歩の衝撃だった(→私にしては) と思うのですが。

 バレエ、”白鳥の湖”で、メインの座をめざすニナ(ナタリー・ポートマン…この映画でアカデミー主演女優賞をとったのも納得)は、練習熱心で、常に完璧をめざし、美しき”白鳥”の部分であれば見事に踊れるのですが、より深層心理も入り込む”黒鳥”の部分となると、表現しきれません。

 芸術監督ルロア(ヴァンサン・カッセル)は、そういう彼女の部分を見ぬき、彼女にある宿題をあたえたりします。彼女のポジションをあやうくするように、”黒鳥”の部分を魅力的に演じるリリーなるダンサーの存在や、自分に夢をかける元バレリーナの母親の存在ほか、ニナをおびやかすものは大きく、ニナは徐々に狂気と正気の間を混乱していきます。

 そして… (続きは映画をご覧ください…)

 ストーリー的には、そんなに奇想天外でもなく、また、どこまでが現実でどこからが妄想なのかの区別がわからなくなるため、文字でこの映画のことを書こうとすると難しいのですが、実際に映像としてみると、”この映画を鑑賞した…ということが記憶に残る”映画だと思います。久々に凄い映画にであってしまったというのが、一番に思うところでした。

 自分の中に、何かしらの白は持ち、でも黒も持つべきであると思い、でもその黒を得る手段、ある壁を超える手段がわからずに壁の前で途方にくれているような人にとっては、まるでぐさっとナイフを胸につきたてられるような映画であるかもしれません。

 映画の中で、たぶんR15の所以になってしまったのであろうセクシャルな描写が、その”壁打破のための例”としてでてきますが、ここでそういう想定が使われたのは、あくまでも映像として表現するための例…であって、その部分は、人により、それぞれだろうと思いました。”新規開拓営業ができない””人にNOが言えない”… いろいろな壁はひとそれぞれだとおもいますので。

 逆に、そういう壁の前でのもがきのない人には、この映画はどういうふうに響くのだろうかと考え(印象がまったく違うでしょう…)、この映画が、多くの人に評価されるとしたら、それだけ、”壁の前でたたずむ”人が多いということだろう…と考えました。

 ナタリー・ポートマンさんの演技は素晴らしかったです。

 それに、セリフや出番はそんなに多くはないのですが、演技監督ルロアの登場シーンは、ひとつひとつにすごい役割があり、そのセリフ、その演技の密度の濃さは、鑑賞後にため息がでるほどでした。 あるひとつのセリフなどは、思わず手帳に書かずにはいられず、たぶん、これから先、何かにつけて自分でそれを見てしまいそうです。 

 私には、まるでナイフで突き刺されたような気がする作品でした。

 なにか越えたくても越えられない壁をお持ちの皆様へおすすめします。

 ただし、心して、ひとりでおでかけを…と、おすすめします。

 

 <鑑賞されたかたへ>

 エンドロールのところの羽の色、いかがご覧になられたでしょう。

 私はあの羽の色があれであったことにほっとしたのですが。

 誰かと映画のあとに、感想をお話するとしたら、この点を…と思いました。

 

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あの作家のこの一作<無影燈>

…先日、知人と話している中で、”この作家が好き♪と思うと、だーっとその作家の本を読んでしまい、また新刊にも手をだしていくけれど、だんだん作風が変わって、自分にあわなくなって離れてしまうケースもある”ということがでました。

 あたりまえといえばとてもあたりまえのおはなしです。

 その時に、一番に思い浮かべたのは、私の場合は渡辺淳一さんでした。

 ずーっと昔は、このかたの作品が好きで、特に「花埋み」「白き旅立ち」のような、伝記や歴史に医学をからめたような作品が好きでした。でも、あるころから、なんだかついていけない描写とかストーリーの作品に変わっていって、いつのまにか遠ざかってしまっていました。

 でも、今でも忘れられない一作というのがありまして、先日の知人とのトーク以来、その本のことをぼーっと思い出しています。「無影燈」という作品です。

 あるとてもニヒルな医師と、彼が務める病院の看護師とのことを軸に、医療問題へのなげかけなどが盛り込まれている北の地のストーリーです。 特に最後のほうのほうの描写が忘れられず、それをこれから読む方へはネタバレなしに味わっていただきたいため、内容はとても紹介しにくいですが。

 あの本を読んだ20代はじめのころには、わかっているようなつもりで、わかっていなかったかもしれず、それでもそのままに惹かれました。(大人の世界?への憧れなのかも)

 そして、今でもよくわからない…のですが、”大人の恋愛”というものがあるとしたらきっとこういうものなのだろう… と、思います。

 何人もの女性と関係を持つ主人公の直江医師は、(本当はそういうプレイボーイ?キャラは苦手なはずですのに)言葉にうまくあらわせない魅力のあるキャラです。こんなかたと、ホテルのラウンジで偶然横に隣り合わせて、1時間くらいお話ができたらきっと素敵だろうなぁ… (きゃっ…♪… と書いてしまう段階で私と、”大人の恋愛”の距離を感じてしまいますが。) と思います。

 ときおりふっと彼が見せる優しさというのが、限りなく優しく、その一瞬があるからこそ…彼のキャラを作中人物らは許し、また読者も受け入れてしまえるのだと思います。

 あるプレイボーイで有名な芸術家の人が、”あとくされなく女性と別れるには、とにかく一瞬でもいいから、限りない優しさの記憶をインプットさせることだ”…と語られている記事をずっと以前に見かけたとき、とっさにこの直江医師のことを思い出しました。

 そして、彼を愛した倫子の、彼の受け止め方はまた、まさに男性にとって理想?の、大人の女性のありかたなのでしょう。 私には彼女のキャラもとても惹かれるキャラで、ゆえにこの二人のことが忘れられず、この作品の記憶につながっています。

 ”嘘”はすべて許せないというのが若さゆえのピュアさだとしたら、”優しい嘘”を、それを嘘だとわかりながら、その嘘をつくという優しさを、心にとめおきたいと思うのが大人? … 

 

 …実は昨秋、ふらっと札幌にでかけた時に、札幌グランドホテルを宿泊先に選んだのは、この本の中に出てくるホテルの記憶としてあったからです。

 でも、その時も、そして今回知人と話にでたあとも、実はこの本を読み返しできないでいます。本棚に(いつか引っ越しがあって、ほかの本は荷物になるから処分するとしても、この本棚の本だけは最優先で持っていく…という本棚)ちゃんとそこにあるのは、背表紙を見て確認しているのですが…。なんだか記憶の中での本をそのままにしておきたくて。

 生涯にわたり、ずっとたくさん書き続けるということは大変なことで、良作ばかりではなく時にはそうでないものもできてしまうのでしょう。でも、こんなふうに誰かの記憶に残るような一作を書ける作家さんというのは、やはり素敵だと思います。

 ということで、大人の恋愛を考えて御覧になられたいかた。あの作家。なんだか○な…と思われているかもしれないかたに、この本は、”あの作家のこの一作!”として、おすすめしたいと思います。 もっとも、読み返していない(したくない…)ため、記憶の中で美化されすぎてしまっているかもしれませんが。 

 

 … 実は今、たのまれごとがあって、自分の人生の振り返りをしているところです。

 それを今度若いかたの前でお話しないといけなくて、お引き受けしたものの、ああ、私はなんと恥じ多いものを引き受けてしまったのだろう… とじたばた悩んでおります。

 もちろんそれは、恋云々のお話ではなくて、池でおぼれかけてもがいている猫カキ?人生のお話で、カッコ悪いことこの上なし、さらにそれをPPTでだなんて最悪です。(とほ。)

 もう人生の残り時間のほうがはるかに短くなってきていると感じますと、自分の人生の中で、何があったのか、何がなかったのかを思わずにはいられません。

 遠い目で記憶の先をみるばかりです。

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自分らしく生きるって…

 ”自分らしく生きる”… これを英語ではなんといえばよいのでしょう…

 インターネットの”翻訳”…にかけても出てきませんし、いくつか検索ででてきたお話を読んでいてもどうもしっくりくる訳がありません。

 …自分が納得できる人生をできるかぎり自分で選んで生きていこうとする… という意味の”自分らしく生きる”で、selfishに生きるとかそういうニュアンスではないです。

 もし知恵をおかしいただけるのであればとても嬉しいです。

 

 最近、少々”英語漬け”で、あっぷあっぷです。いーかげんにふにゃらふにゃらと読み飛ばすのは、30%の単語がわかればOK(??)の超推測のジグゾーパズル読み♪ できるのですが、まともに訳そうとか思うと私ではお手上げで。とほとほ。英語から日本語がこのありさまですが、日本語から英語となると、さらに難しいですね。

 びみょーな心。日本語にはいっぱいで。かみくだいて、別の言葉にしようとしても、情とか趣とかがあらわせなくて。

 気分転換に(というか、すぐ飽きてゆうちゅぶで、懐メロ?オンパレードです)音楽を聴いていても、はて?これは何と訳すのかな…と思ってしまいます。

 たとえば…

 ”君が思い出になる前に、もう一度笑ってみせて”

 ”ああ、嘘でもいいから、微笑むふりをして”

 ”紫陽花まではまだ間があるから、こっそりと君の名を呼ばせてください” 

 

 … 日本語っていいなぁ …と思います。

 

 

 

 

 

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