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2009年8月

【読書】ペスト

 興味深い本に出会いましたのでご紹介します。

 「ペスト」…ダニエル・デフォー氏著 平井正穂氏訳 中公文庫 です。

 本の帯のことばをそのままこちらに書きます。

 「正体不明の高リスク感染症が街を襲った!! 恐怖、デマ、治安の悪化、パニック…… そのとき人はどう生きるのか?  ロンドン市民の約6分の1が死に”バンデミック”という語が生まれた17世紀の大災禍を鮮烈に描く傑作小説」

 ペストは、この病にかかった人の体の特徴から、黒死病と呼ばれたりもした、非常に致死率が高い病気で、中世ヨーロッパで、大流行したりしたため、小説などの題材にも多くなっているもので、”誰がそういう病気を持ちこんだのか?”という根拠なき魔女狩りや、感染者が少ないある民族に対するいわれなき非難などがあったとされています。

 病気のレベルは数段違う中でのここ数か月、いろいろと報道されていることを見聴きして、「#&’$)”)’&$%’#…」とさまざまなことが心に去来します。人によってそのとらえかた、考え方は本当にそれぞれなのだということもよくわかりましたので、この本を読まれても、どの文章に対してどう反応されるかは、本当に人それぞれ。大きく違うと思いました。たとえば、あのかただったら、ここにこう反応されるかな・・・などと勝手に考えてしまうのですが、それもいわれなき想像の範囲ですので、あえて感想などは抜きにして、本のご紹介だけさせていただきます。 まさに、”ひとはどう生きるのか”考えさせられます。興味があるかた、ぜひご一読ください。

 訳がとても読みやすいと感じました。またこの作家の名前をどこかで記憶にとどめておられるかたも多いのではないでしょうか。 ダニエル・デフォー氏。あの“ロビンソン・クルーソー”の作者です。

 

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【映画】南極料理人

 この夏、ぜひ見たくて、公開を楽しみにしていた映画を早速見てまいりました。「南極料理人」です。

 夏には白夜といわれる一日中太陽が沈まない日が、また、冬には極夜といわれる一日中太陽が昇らない日がそれぞれ数か月続く南極の基地。そこは零下70度にもなる雪と氷の世界です。観測隊のメンバーは、いったんそこでの仕事につくと、恋人が恋しくても、コンビニが恋しくても、どんなに家に帰りたくても、”やーめた”といって、そこを出るわけにはいきません。ひとりで脱走?を図っても、とても基地の外では過酷な自然環境ゆえ、生きていけず…。

 そんな世界で、ドームふじという、いわば基地の支所?では、男8人が越冬します。彼らは気象観測担当や、極地研究者、車両整備担当者、医者、報道関係者、そして料理人らです。

 とにかく外にはなーにもない南極基地。基地の中での娯楽といっても、麻雀、将棋などのボードゲームほか非常に限られています。家族との手紙のやりとりも時に届くFAXくらい。電話は1分740円。(この映画の設定当時)…

 そんな日々の中で、食事はとても大切な楽しみにもなります。料理人さんは、メニューにアクセントをつけ、さまざまな料理で気分転換をはかれるように努力していきます。和食・中華・フレンチ・ほか。幅広いジャンルのメニューが限られた材料の中で、まさにアイデアをしぼって作られていきます。

 その料理人さんを、ただいま勝手に注目中☆の堺雅人さんが演じるわけです。原作の”南極料理人”は以前に読んで抱腹絶倒でしたし、なんといっても、子供のころに、ある南極探検の本に出会ってから、私は極地好き。南極映画(?)“復活の日”は、何十回ビデオで見たかしれませんし、当地に寄港したときに”しらせ”はもちろん見に行きましたし、あるデパートで南極の氷が売られていたときにも買いました。きゅん…と溶けていく音にロマンを感じ、あんたーくてぃか行きたい…と言い続けている身ではこの映画は、みのがすわけにはいきませんでした。

 子供のころに出会った南極越冬隊の本には、ある国の料理当番さんが、あるものでグリンピースに味付けすると意外においしかった…というお話がでていました。いわゆるキッチンにある調味料ではないこの味付けに使われたもののことを思い出しながら、この映画を観ました。

 映画自体は、うーん…。いろいろと原作を読んでいたり、南極の越冬隊のことを知っていたりすれば、いろいろなシーンに補完していくことができるかと思いますが、極地での生活にそんなに興味がなかったかたがこの映画だけをご覧になられたら、もちろんいろいろと笑えもし、楽しめるのですが、うーん… いかがなものかとは正直思いました。

 どうして、南極ではあのような食材をあのように用意し、あのようなメニューを組むのかなども、映画の中だけでは言葉足らず?のような気がしましたし、南極の映像?も、“復活の日”のようなものをイメージしていただけにちょっと…。

 期待の堺雅人さんは、よい味を出していましたが、他の映画やドラマで見ていたほどのひねりやちゃめっけがある優しいまなざしの表情はあまり見ることがなく、(今回はなんとなくこのかたにしてはプレーンな印象で)それは、なんとなく“父親”役に違和感を持ってしまったからかもしれません。1か月前にみたジェネラル・ルージュの印象をまだひきずっていたからかもしれません。

 料理は、おいしそう…でした。特に私はおにぎりに惹かれました。メニューの数は見る前に期待していたほどには多くなかったのですが、”食べる”ときの隊員の人たちの向き合い方、表情、動作に非常にいろいろな意味が込められていて、その点の“味付け”はみごとでした。

 …最初にネガティブなところを書いてしまいましたが、いくつかのシーンで、爆笑もおこり(映画館の中は10人くらいのかただったのですが、なんとなくよい感じで笑いがおきていました)、なんとなくほっこりした気持になることができる映画だと思いました。派手なアクションやドラマなどはありませんが、ある意味でなかなかこういう味の映画はない…映画といえるのかもしれません。2時間はあっというまでした。エンドルールもどうぞ席を立たれないでください。ちゃんと、お約束は果たされますから☆

 ふりかえってみると、いろんな場面から、それぞれに想いを深められますし、こういうテイストのものはイマドキ珍しい映画と言えるのかもしれません。 美味しさを期待しているからこそ、もっともっと見たくて、少し物足りなく感じてしまったのかもしれません。

 ひとつ、この映画を見ながら思ったことは、”もし、隊員のかたがこんなに食事をとられているとすると、ぷっくぷくの体型になられるか、メタボになって帰られるかではないか?”ということでした。でも、気圧も低く、水作りからして日々の重労働である生活では、あれだけたーんと食べても大丈夫なのかも。いろいろと余計な事ばかり考えてしまう映画でもありました。

 ちなみに、こんな本も売られているようです。

 子どもの頃に読んだ本の中でのある南極越冬隊でグリンピースに味付けをほどこしたものとは、”ねり歯磨き”でした。なるほど、ミント風味。よいかも♪ 

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【読書】ノーザンライツ&旅をする木

 日本では、”オーロラ”と呼ばれる、光のカーテンのことを、その地に住む人々は、“ノーザンライツ”と呼びます。 冬には、日本からも、アラスカなどの地に、その神からの贈り物のような光を見るために多くの人が訪れるそうです。確率的に見ることができる可能性が高い時期と場所に行くわけですが、数泊の旅の中でそれを見ることができるかできないかは、時の運。でも、それがまた、人が作りえない自然からの贈り物だからこその良さなのかもしれません。

 あるかたの御縁で、星野道夫さんという、主にアラスカを舞台に活躍されていたカメラマンのかたのエッセイ集を手にとりました。日本の大学を出たあと、アラスカに惹かれ、その地にわたり、そしてついにはそこに土地を買い、家をたて、家族と住み、アラスカの自然を愛し、そこで出会う人を愛し、その時間を愛して… 最後は、取材中にカムチャツカで熊に襲われて星になられてしまった…というそのかたのことを、以前、新聞記事で読んだ記憶はあるのですが、本を手にとったのは、初めてでした。

 「ノーザンライツ」には、写真も数多く載っています。 手に取る前は、ノーザンライツのきれいな幻想的な写真がメイン…なのかなと思っていたのですが、そんな写真はもちろんのことですが、それ以上に、そこには彼が出会った人たちのなにげないショット…がたくさんで、その写真は、さながら、たとえば私たちの日常の中でも、撮ってしまいそうな、本当に、”はいチーズ”的な心の近さのような記念写真?が多く、ちょっと意外でした。

 文章の内容自体も、たとえばカメラマンさんが、”このショットを撮るまでに、こんなふうに準備して、これだけ待って、そして…”というようなことを書いている…という内容ではなくて、一人の人間が、彼が心から惹かれた土地と、そこで出会った人たちのとの想いが、気負うことない等身大の言葉であふれれでているもので、そのあたたかな視線と、気持よい心からの言葉に、読んでいるものの心までもがほっと癒されるのを感じました。

 星野道夫… さんというお名前が本名なのかペンネームなのか… わからないのですが、このかたの心がどれだけあたたかで、オープンで、多くの人を心から愛し、愛されてきたかが、やわらかない包まれるような感覚の中で、伝わってきました。

 このかたの笑顔はきっと、会う人、会う人を、ほっこりさせるようなあたたかでくったくのないものだったに違いにない…と、勝手にそんな笑顔をイメージせずにはいられませんでした。

 エッセイ集の「旅をする木」という本も続けて手にとりましたが、こちらも本当にあたたかな、心清涼な世界で、自然の中で人が生きていくこと。自然の中ですべてが生かされていること、アラスカの地に住む人、住むことを選んだひとの表情が見えてくるような本でした。

 この本を読んでいて、思ったのが、映画「イントゥ・ザ・ワイルド」と、その原作「荒野へ」…です。

 自分自身の感想を読みなおしてみたのですが、そのときは”なぜ彼がアラスカの地に行って、あんなふうに生きようとしたのか、それがわからない”。…まさにそうでした。でも、あれから自分の体験の中でもいろいろなことがあり、そして、今この本に出会って、すとんとそれがわかった気がしました。本当は、こういうことを青年の時期に思うべきものなのかもしれませんが、なにせ自分は成長が遅いようで、ようやく今頃になって、気づき、わかりはじめています。あの映画をもう一度みたい。あの本をもう一度読んでみよう…と今、思っています。人がなぜ、ノーザンライツの下で、過酷な自然の中で生きたいと思うのか、それがやっとわかりはじめた気がしています。

  人は、いろいろなところで、スイッチがONになるところ、OFFになるところがあるのかもしれないと思います。 ある体験を通して、自分の心の中で、この夏は、あるスイッチが、”ON”になったと感じています。ちょうど、自分の中でそのスイッチが入るきっかけになったこととこの本の世界がとても重なるからでしょう。私はこのかたのこの本にとても惹かれました。

 

 よい風景、よい風、よい音楽、よい本。そしてよき御縁。そんな時のある夏。 それは、ノーザンライツならぬ、白夜のような夏なのかも…。

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【映画】人生に乾杯!

 老後の生活。とても年金だけでは暮していけません。これだけは…と妻がとても大事にしていた思い出深いダイヤのイヤリングもさしださなければいけなくなり、夫もとうとう、愛車「チャイカ」を繰り、銀行強盗をはじめます。…意外や意外。その展開はいかに?

 ハンガリー映画で、とても粋な映画を少し前に鑑賞。「チャイカ」という車は、昔のソ連製の車?のようですが、本当にあんなにすごい馬力があったのか…? いやはやすごいカーチェイスでした。最初は、銀行強盗にあって呆然とした窓口の女性も、そして世論も、年金で食べていけない社会的現実から、この夫婦を応援していく様子もまたさわやかで、彼らを追う警官たちの人生もからめて、ほろ苦いスパイスの効いた映画にしあがっていました。

 ラストは、かなり驚き、思わず眼をみはり、口をぽかーんとあけてしまったのですが、ここはネタばれになるので我慢して、そのまま口を閉じようと思います。ハンガリー映画というのは、あまりなじみがない(というか記憶にほとんどない)のですが、セリフのひとつひとつ、フラッシュバックされるシーンのそれぞれに、感じるものが無理なく無駄なく込められている作品でした。

 マイナーな映画?で、上映館は少ないかもしれませんが、もしどこかで機会がありましたらとおすすめいたします。 世は選挙モードとなっている某国にあり、幸せってなにかなぁと考えたり、それがどうしたら得られるのかなぁと、鑑賞後にふっと小首をかしげて考えたくなる映画かもしれません。

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【読書】ミシェル・オバマ

 お盆入り。平日のはずなのに、休日扱い?が暗黙の共通認識のようで交通機関も“休日ダイヤ”…。 この数日は、お盆明けまでに読んでおかなければならないいくつかのものを読むとともに、山のようになっている書類と本を少しでもなんとかしようと思っています。

 さまざまな関係の書類は、整理もできず、また整理すればするほどなかなか捨てられなくなり、たまる一方です。狭いので、もうキープしておくための場所もなく、どうしましょう…。

 本も、未読や”読んでいるはずなのに、何を書いているかもう忘れてしまっているので、また新鮮に、新刊?気分で読める…”という思いで処分できない本ばかりが増えます。

 さらに、なかなか処分できないのが、著者サイン本です。先日もまた、増やしてしまいました。

 “ミッシェル・オバマ”…ライザ・マンディさんというワシントン・ポストの女性記者が書かれた本です。先日、ひょんなことからこの著者の講演会を聴きに行くことになり、(それならば著書くらいは読んでおかないと…)と、読みました。 ミシェル・オバマさんとは、もちろんあのアメリカ合衆国大統領 バラク・オバマ氏の奥さまで、その半生を描いたこの本は、私の中では、とてもプレーン?な印象でしたが、本の内容よりも講演のほうが興味深く、はっとさせられることなどあったもので、思わず、講演会のあとにサインをお願いしてしまいました…。(みーはーだなぁとも思いながら) もっともっとお話をうかがってみたいと思う、素敵なかたでした。

 ちなみに、本を読んで思ったことは、ミシェル・オバマさんが、いかにご自身のアイデンティティとファーストレディとしてのもののバランスをこれからとっていかれるのか、それから、ファーストレデイの期間が過ぎられたあとに、どういうふうにキャリアを形成していかれるのか…そのあたりに、興味を持ってしまったということでしょうか。ぜひ、○年後に続編を読んでみたいものです。

 なお、この講演会は、アメリカ領事館の共催行事であり、その講演会の場で配られた”Barack Obama”という小冊子がとても興味深いものでした。編集・発行は、米国大使館/アメリカンセンター・レファレンス資料室で、目次は、

 バラク・オバマの半生

 オバマ・大統領の将来へのビジョン

 オバマ大統領の家族

 ジョゼフ・バイデン副大統領

というもの。最後のページは、米国大統領の就任宣誓の言葉が書かれ、裏表紙は歴代大統領の肖像画と名前。 こういうものが作られ、配られているのだということを初めて知り、びっくりしました。 

 

日本でも、首相についてのこういうものが作られているのでしょうか…。任期不定?だから作りにくいかも?

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【映画】おくりびと

 アカデミー賞のときにも話題になった「おくりびと」をようやく今頃になって、レンタルDVDで鑑賞できました。  実は、キャスティングなどのことから、いわゆる”食べず嫌い…”に似た気持ちがあって、ここまで未見だったのですが、この時期だからなのか… いろいろなことにフィードバックし、しみじみと味わいました。よかったです。

 もうストーリーや内容などは多くのかたがご存じだと思うので、シンプルに感想と雑感だけを書きます。

 なんといっても、あの丁寧な動きがとてもよかったです。最後に、誰かに“大切にされている”…と感じられることは、心に渦巻くものを、たとえ一部でもおさえていけるものものようで。”丁寧”って、いいなぁと思います。

 たとえば、日常でも、みんなの分のお皿を洗う…という動作にしても、ある人は、水をいっぱいだしながら、がちゃがしゃと洗い、またある人は、必要な水量で、こまやかに洗う。もちろんかかる時間などの違いもあるかと思いますが、お皿を洗う音ひとつでも、そこに気配りを感じるかたにであうと、自分の動作を赤面とともにふりかえり、ふっと魅せられます 何にせよ、丁寧な動き…というのが心によいことを、思わずにいられませんでした。

 また、実は、先月、ある遠方に住む親戚を見送りました。納棺の作法も、地方によって違うようで、びっくりしました。この親戚の住んでいるところでは、大きなバスタブ?が用意され、まさに最後の入浴…が行われ、そのあとで、着替え、化粧があり、納棺となるのですが、そのあいだも、実に巧みな手の動きで、肌を見せることはなく、また、たとえ見せないようにであっても、ある場面では、御簾をさげられたり(透けて様子はわかるのですが)…で、いろいろな心配りを感じました。そして、そのお化粧の本当にみごとなこと…。生前のどの場面よりも美しくて、本当にはっとさせられました。

 納棺に立ち会う…というのは、本当に近い親戚、お葬式を”出す”人たちなどだけ。しかも訃報のあと、あわただしく進む通夜、葬儀の打ち合わせの中でのことです。だから、服装だって、ごく普通のそのままの服であるわけです。そんなに慣れている人なんているわけでなく、皆が、非日常で次々に起こることに、ある意味では翻弄されるわけで、眼をみはりながら、またさまざまなことを感じていくわけです。

 この映画でよく描かれていると感じたのは、まさにそんな時間の、そんな人たちの表情や様子でした。

 この映画の”おくりびと”…とは、納棺師を意味することなのだと思いますが、それと同時に、自分のきわめて親しい人を、喪主、もしくはそれに近い立場で葬儀を出す人もまた、”おくりびと”だと思います。

 誰かとの別れ… で、お通夜やお葬式に行くことと、自分がお葬式を出す立場にあること…では、大きな違いがあるとよく思います。

 最後の瞬間から、通夜、告別式を終えるまでの悲しみと煩雑さが怒涛のように押しよせる時間、そして葬儀が終わってからも、さまざまな手続き、宗教的儀式、墓地のことなどの判断と実行を担う”おくりびと”…。その”おくりびと”を経験した人としていない人では、いろんな場面で違いを感じます。もちろん、そういう経験の有無は自分で選べるものではないわけですが。

 ネットで知り合ったかたで、今年、そういうおくりびとになられたかたがおいでです。ときどきWEBで状況を拝読しながら、大変なこといかばかりかといろいろと案じておりました。ご葬儀、家の片づけ、諸手続、納骨など、いろいろと本当に大変な時間を過ごしてこられたと思います。そして今週は初盆。…なんとお声をおかけしてよいかわからず、ずっと何も書かせていただいていませんでしたが、よく頑張っておくられてこられましたね・・・とお声をおかけできたらと思います。お盆の習慣も、地方によってそれぞれなので、どんなふうにお過ごしになられるのかわかりませんが、過ぎていかれる時間の穏やかさをお祈りしたいと思います。

 ああ、そんなことこんなことで、映画の感想自体よりも、心にフィードバックすることばかりを書いてしまいました。

 山崎努さんと余さんが期待どおりの味わいをかもし出されていました。特に山崎さんは、ずいぶん昔に見た“お葬式”という映画を思い出さずにはいられませんでした。あれ?…というところもないではありませんでしたが、なににせよ、丁寧に作られていて、それがとても心によい映画でした。

… ちなみに、いつになるかわからないながら、自分が”おくられびと”になるときのことを考えます。誰に送ってもらえるのか…。式の形態、流してほしい音楽、そして墓地。いろいろと希望はあるのですが、なかなかそんなふうにはしてもらえないでしょうね。もちろん確かめるすべもなく!?。…最後はここで眠りたい… というところの写真をながめては、思わず遠い目になってしまいます。

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【映画】そんな彼なら捨てちゃえば?

 あれこれと見たい見たいと思っている映画が、見に行けぬまに次々に上映終了となる中、ひょんなことから見ることになったのがこの映画です。

 出会ったあとに、男性から電話がないのは、仕事が忙しいから? それとも、何か事故でもあったから? それとも、それとも、まちがった電話番号をメモってしまったから? さらにそれとも?… 

 想像力を膨らまし、あれこれと設定を考えてみるけれど、ついに、その友人の示唆もあり、彼女がたどりつかざるをえなかった結論は、”彼が自分に興味をもたなかった”ということ。では、どうすれば、素敵な人とであって、両思いになれるの?

 また、あるいはずっと一緒に住んでいるのに、彼が“結婚”という形をとろうとしないのは何故?… 

 その他いろいろ。男女の心の機微を描いた映画で、”まったくもう…。 ふふふ☆ ふみゅふみゅ…。なるほどぉ。やっぱりねぇ。 あらら…。”… そんな感じで、ライト感覚に心と語り合っていけるような映画でした。

 男女ともに、どこにどう反応するかで、キャラクターや今後の展望?などがわかりそうで、さながら、”YES””NO”の線をたどっていく占いのように、見ることができる映画かもしれません。個人的には、男性心理指南役を演じていた男性(ジャスティン・ロングさん)に心惹かれる?ものがあったのですが、なんだか終盤は、あららそうなってしまうのですが…と、ちょっとがっかり…。

 最近、周囲でよく聞く「婚活」という言葉に、どこか喉に小骨がささるような違和感があったのですが、もしかして、本当は昔も今も、心の機微はそう変わらず、ただ、照れ隠し?で“婚活”のような、イマドキ用語を使っているのかも・・・と思ったりしました。

  …なんとなく邦題には違和感があるのですが、何かほかによいタイトルはないものか…。このタイトルは、磁石のN極にもS極にも、強力になれる気がしました。…ひくひと、吸い寄せられる人…それぞれで。

 微妙なかけひき中のカップルさんのデートムービーとしておすすめしたい作品です。映画を見たあとのおふたりの展開が、この映画からひきだせるかも・・・。”今はまだあいまいでいたい”というかたには、ちょっと危険?な映画かもしれませんが・・・。

  ☆☆☆

 ちなみに、私は、スカーレット・ヨハンソンさん見たさに、見てしまった映画でした。

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