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【本】象の背中

 映画「象の背中」の原作、秋元康氏著の同名の小説を読みました。肺がんであと半年の命と宣告された48歳のサラリーマン、藤山さんが、残された時間をいかに生きるか・・・を考えて、自分にかかわった人に会っていくというお話です。

 映画では、あまりにふわっときれいな現実ばなれした浮遊感があって、途中から少々距離を置いてしまった作品でしたが、原作では、映画ではカットされていた、その他のいろいろな人とのいろいろな場面が描かれていて、また、当然のことながら、各人の心境も細かく書かれていて、それらが、”錘”の役を果たしていて、映画よりもはるかに、近い距離で考えることができました。というか、かなり近くに感じすぎて、すーっと自分がこの世界に入ってしまい、あれこれあれこれと、心の中に想いがよぎり、収拾がつかなくなりそうでした。

 とにかく、映画にはなかったシーンがいろいろで、映画では時間の制約もあるとはいえ、カットされているのが残念でした。 映画ではないシーンで、恋人と妻の前で彼が、恋人のことを妻に紹介するところや、恋人と息子をひきあわせるところ、昔の彼女との会合シーン、親友(映画にでてくるお酒屋さんではない他の友達)とのこと、それから、病床に年老いた妻の両親が見舞いにきたときのことなどが、この作品をしっかりと骨あるものにしていた気がしました。…骨…といえば、映画を見たときには、????となっていた骨のことも、本を読んでなるほど…と状況がわかりました。

 また、初恋の女性との同窓会通知のやりとりや、妻の父の言葉など、映像でなく文字だからこそ表現できるものがある…と思いました。また、私が一番感動したのは、親友の一言かもしれません。

 映画をご覧になられて、なんとなくフワフワ感が気になられたかた、また映画未見のかたにも、この本はおすすめしたくなりました。また、この本を読んで映画のことを考えなおすと、あの映画はまたあれでよかったのかもと思えるようになりました。

 ただ、この本の感想を書くのはとても難しいです。読みながら思い浮かぶのは、この本の中で展開されるシーンだけではなくて、自分の中に見える自分だけの人生のシーンですから・・・。それを書いてしまうのは、あまりにも自分の人生のカミングアウトになってしまいます。

 書評というのを日ごろはあまり読まないのですが、今回はちょっと気になって、アマゾンでの感想などを読んでみました。評価が大きくわかれていて最初はびっくりしたのですが、だんだんとその理由がわかってきました。

 この本は、この本自体が”反応する化学物質”ではなくて、”触媒”(それ自身は何も変化しなくて、ほかの物質同士の反応を引き起こす役割)なのだと…。だから、この”触媒”によって、反応を起こした人には、とても心にのこる本であり、この”触媒”で、反応を起こさない人には、これは、どこかきれいごとばかりのただそれだけの本なのだと。

 そして、反応をおこすかおこさないかは本当に人それぞれの人生にかかっているのだと。

 …アマゾンを含めて他の書評をも読んでいて、多かった?のは、この藤山なる男。素晴らしい奥さんがいるのに、またよい恋人もいて、恵まれすぎでけしからん。この作品は、男性の夢を描いたもので、女性でこの作品に感動する人はさているのだろうか?…というものでした。私は、女性としてみて、この藤山さん、いい人だと思いました。なぜって、彼なりに精一杯、誠実ですから。

 奥さんがいて、恋人がいて、そのどこが誠実なのかと言われたらそれまでなのかもしれませんが、この人は、このほかの登場人物さんを含めて、少なくとも一人一人の人に、できるかぎり正面から関わっています。良い悪いは別にして、なんとなく向き合っているのではなくてしっかり人としてのみつめている・・・。だからこそ、結果はどうであれ、多くの人が、この人との別れを心から惜しんだのだと思います。

 奥さんと恋人がホスピスの病室で会うシーンでの、藤山さんの言葉を読んでいると、彼がいかにこの二人の女性をそれぞれにきちんと理解しているかがわかりました。私は自分が実際にはこんな状況のどちらにもなりたいとは思いませんが、それでももし、自分がある男性から、こんなふうにきちんと理解され、守られ、彼なりの精一杯の誠意を感じたら、最初はショックを受けても許してしまえる部分があるだろうなぁと思いました。男の身勝手?の藤山さんは、それでもある意味で奥さんからも恋人からも信頼されたまま生涯を終えられた人なのだと思いました。また、同時に、妻も恋人も、さらに、恋人のことを告げた息子とも信頼関係が築かれているのだと思いました。

 

 ちょうど、いろいろなことで、信頼とはなにか…ということを考えているときでした。人は誰も完璧ではなくて、いろいろな葛藤があって、どんなに親しい人でも全部が全部自分の思い通りに動いてくれないこともある。でも、信頼というのは、たとえ自分の利益に反することであっても、なぜそうするしかないのか、それが理解できるのであれば保持しくことができる。逆に、信頼というのは、本当に根深いもので、一度崩れたら、修復のめどはたたない…。

 信頼はどうしたら築けるのだろう?… と考えると、そこに真摯な想いがあるかにかかっているのではないかと思いました。そんなことを考えながら思い出したのがオードリ・ヘップバーンさん主演の「ローマの休日」のラストシーンでした。

 今でいえば写メされた大スクープである、王女さまのローマでの時間。もしスクープされたら、とんでもないことになるでしょう。でも、王女さまのことを本当に愛した新聞記者は、それを決して書くことはないでしょうし、またその二人の真摯さを知ったカメラマンもまた、それを公開することはなく、まさにそこにある、人と人との信頼で、過ぎた時間とのこる想いが守られたおはなしでした。

 書けばきりがないほど、自分の心の中のノートが一冊うまりそうなほど、いろいろなことを思った本でした。この本を読んだことを後悔した点は、”今、まだ私は余命半年という告知を受けていないこと”。今心にある感情をまた封印していかないといけません。その点だけは、ふーっ…であります。

 この本が”触媒”として、どう作用するかは人それぞれ。手に取られる時はそのことだけはどうぞ留意いただけたらと思いました。

 

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