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【読書】アイアムレジェンド

 先日鑑賞し映画た「アイアムレジェンド」の原作本(リチャード・マシスン氏著 早川書房)を読みました。映画ではなんとなくすっきり消化しきれなかったラストが、原作ではどう書かれているのか気になったからです。

 日本では1958年に「吸血鬼」として、また1971年に「地球最後の男 人類SOS」そして、1977年に「地球最後の男」として刊行された作品だとか。

 無人(?)の街を一人生き抜いていくシーンなどは映画とクロスする場面がありましたが、途中から、”地球最後の”…の想定が崩れていくところからは、原作の設定のほうがより納得がいく展開でした。生き残りの女性にあう場面でも、なぜあそこに子どもが必要だったのか…などいろいろと映画では思ったので、その点原作のほうがすっきりしていると感じました。なによりも、タイトルの” アイアムレジェンド”…。一人称で果たしてそう言うだろうか??と、映画のほうではそこが一番腑におちない点でもありましたので、その点では特に、この原作のほうが納得することができました。

 先日の篠田監督の講演の中で、ハリウッド映画は”いかに生きるか”を描く…と語られていたことをこの2作(映画と原作)から考えると、簡単には言葉にできない違いがいろいろとある気がしました。

 映画をご覧になられたかた、こちらの本もおすすめいたします。

 …昨日、知人から「地球最後の一人になったらどうする?」と言われました。生きる意味をどこまで見いだせるか…。旧約聖書のアダムが一人の時代には、何を思っていたのだろうかともふと思ったりしました。最初に”ある”ときと、”ある”ものがなくなるときではもちろん大きく違うのですが…。

 

 

 

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