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2007年12月

【映画】ユーアーマイサンシャイン

 韓国映画の「ユーアーマイサンシャイン」をレンタルDVDで、やっと鑑賞。ずっと貸し出し中でした。…牧場で働く青年が、風俗の女性に恋してその彼女と一緒になりたいとアプローチをし、やっとのことで…だったのですが、それから起こるのは予想もしていない困難でした。…そのひとつは、彼女が、AIDSウィルスに感染していたことだったのですが…。

 途中、ちょっと見るのが辛いと思う場面もあったのですが、最後の10分くらいは、本当にこの青年の気持ちに心うたれ、ひきこまれました。最後に、「ユーアーマイサンシャイン」が流れたときは、これまで意識したことがなかった歌詞にひきこまれました。

 人と人とがめぐりあって、共に歩もうとすることというのは、理屈とか条件とかそういうものではなくて、本当に心がひきよせられる(同時に…ではなくて、はじめはどちらかからということもあるかと・・・)ことから起こることなのだと、なんとなくピュアにそんなふうに思えました。運命の人って、やっぱりいるのだと思います。

 このお話は実話に基づいているものだそうで、ラストにこの二人のその後が短く書かれるのですが、そこがエンディングのあいだもずっと気になっていたので、読むことができてよかったです。こんなに、エンディングロールのあとのその後を待ち望んだ?ことも珍しいかと思いました。

 これ以上、感想を書くと、その後…にふれてしまうことになるので、感想を書きにくいのですが韓国映画らしい強さと、愛の情熱をもった作品だと思いました。

 …少し前に、海外ドラマ”24”にはまっておいでのかたから言われました。「ぴょんさんはいつもいそがしそうにしていて、ドラマなど見る暇がないのでしょうけれど、思いきって、”24”を見始められて、はまられたらよいのでは? 生活がかわるかも?」と。… とある事情から、その時は、そのかたから聞くその言葉をとても複雑な思いでききました。やるべきことを全部やってから、それから自分が楽しもうとしたら、いつまでたっても終わりがないでしょう?と言われたかったのだと思いますが…。

 …でも、「ユーアーマイサンシャイン」をはじめ、「ショーシャンクの空に」などの大好きな映画を思い出すにつけ、やっぱり、”精一杯やっているからこそのものがある”…と思ってしまうのです。 

 昨日、街を歩いていて予備校(塾)のキャッチコピー”努力のあとに感動が”という言葉を見かけました。 マイサンシャインのために、頑張った青年がいたからこそ感動があったのだなぁと思います。

      ☆

 これから、まだまだずっと年を越えて、どう考えてもノンストップ…でよろよろと走り続けるしかない見通しで、このまま”しないといけないこと”ばかりしていたら、たぶんもたなくなる…と考えて、思いきって、”一日を23時間”と考えようと気持ちを切り替えました。せめて1時間だけでも、バランス用の時間がいるって思ったからです。その時間は、天狗の隠れ蓑に包まれた時間にしようと思い、その時間で、DVDや本、音楽とふれてみたいと切望しています。

  時間がいっぱいできるようになったら、してみたいことが、まず3つあります。ひとつは、その「24」を見ること。それから「三国志」と「カラマーゾフの兄弟」を読むこと。それから、スウェーデンで買ってきた刺繍キッドを手掛けること…。はてさて、いつできることでしょう…。

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【読書】壊れる日本人

 携帯電話によるインターネット利用1時間48分。テレビの平均視聴時間2時間56分。携帯電話使用率(女子96.5%、男子95.4%)。

 これが、高校生の実態なのだそうです。うーん…。一日24時間で、そのうち8時間睡眠で、8時間以上は学校で。そして、そして??? 足し算の行方が怖くなります。

…内閣府が発表した情報化社会と青少年に関する意識調査…の結果とのこと。今朝の日経朝刊でより。

 ちょうど、知人からのすすめで読んだ本が「壊れる日本人~ ケータイ・ネット依存症への告別」 柳田邦男氏著、新潮文庫でした。

 この本の内容の一部は、なんとなくしっくりとこないところが正直なところあったのですが、この内閣府調査をみると、これくらい強固に逆ベクトルで警鐘をうながすことの必要性を思わずにはいられませんでした。

… PCメールにしても携帯メールにしても、レスポンスの速度がはやすぎるのでしょう。反応がないこと、反応できないこと(時間がなかったりで)がとても気になります。こういったツールは気にしすぎ人間製造機なのかもしれません。あるいは、気にしない人間ご用達ツールなのかもしれません。

 ちなみに高校生が読書をする時間は平均30分をきったとか。この本が、どうかそういう高校生のもとに届きますように。携帯もテレビもさわらない日の気持ちよさをぜひ取り戻してほしい気がします。

 ちなみに、処方箋なる本もみつけました。”石に言葉を教える”… タイトルが素晴らしいです。いつか手にしてみたいものです。

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【映画】善き人のためのソナタ

 2週間連続レンタル…で観終えた映画があり、せめて忘れないうちに短い感想だけでもと思います。「善き人のためのソナタ」…。壁の崩壊前の東ドイツで、芸術家たちの活動を監視していた人間たちと、監視されていた人間たち。その物語です…と書いてしまえば数行で終わってしまうのですが、見終えて、人生の中で起こりうることっていうのは、だらだらと書くことではなく、本当に数行に込めて書かれることに、あふれんばかりの想いがあるのだという気がしました。この映画の感想も、いざ書こうとなると、かえって言葉が心の中でつまってしまいました。かといって、ぴしっと一行で書けもしないのが情けないのですが。

 監視を続けていた側の人間が、監視されている側の人間の生活を垣間見ていくうちに、業務の枠を超えたヒューマンな想いがわきおこり、人の心の中の“善”の部分に逆らうことなく、それに流されていく自分の中に、生の意味を感じていく…。自分の人生にとって、何を取捨選択するのか…。…それが潔い形で、透き通るように見えたところがよかったです。

 ”善き人”になることで(自分でそこまでそう思っていたかどうかは別にして)地位と権力とやりがいがあったかもしれない職場を失うことになり、単調な作業の中で長き時間を過ごすことになっても、きっとこの人は心に満足を得られただろう…と思えた内容がよかったですし、それにふさわしい報いの用意のされかたが、とても粋でさえありました。

 時代と社会の背景の中で、“悪い”わけではないのかもしれない…と、”弱さ”に転じて考えられることができるというのは、もしかして、不幸なあの時代の物語の中で幸いなことであったかもしれません。究極に悪い人…って、結局いなかった気がするのです。あの権力を乱用する高官ですら、不幸なふられ虫くんとしか思えないひとりぼっちのシーンがあったことで、ふっと・・・フィルターをひとつ持つことができましたし。

 彼もまた、もしかしたら本当に彼女を愛したかった人なのかもしれません…。

 この映画を見たからと言って善き人にはなれないかもしれないけれど、せめて、ほんの一行分だけでも優しい人になりたい…と思ってしまいました。

 映画をみておられないかたには、ちんぷんかんぷんのお話ですみません。今、ちょっとあらすじなどを書いたり、出演者名や役名を調べなおすゆとりがない日々で…。でもそんなときこそ、2週間にわたるレンタルで、こんな映画をなんとか見ることができた午後があったことを嬉しく思ったりもして。 

 …それにしても、この作品中の作家殿。うらやましい気がしました。…映画「ビフォア・サンセット」を、ふっと思いだしたりもしました。

 作家が一冊の本に込める想いは、本当にいろいろ…なのですね…。

 

 

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【映画】それでもボクはやっていない

 嵐がひと段落しつつあると、その嵐が通りすぎたあとの片づけがすごく大変だということに気が付き、茫然とそれをみてしまっている・・・というのが現状で、またなかなかブログが書けずにいます。

 ・・・電車の中で痴漢をしたといわれて、逮捕されてしまった二十代半ばの職探し中の男性が、警察でも検察でも、「自分はやっていない」と言うのに、信じてもらえないというお話の映画をDVDで見ました。

 東京あたりの満員電車では、両手をあげているしか、身の潔白を常に証明できる方法はない…と言われて、世の紳士の皆さまはとても気を使われるとはきいていたのですが、それだけにこの映画の内容は、せまってくるものがありました。

 裁判では、途中で裁判官が変わることから流れが変わります。…人が人を裁くこと(裁判だけでなく、犯人だと告発することも含めて)の難しさを感じました。

 こんな捜査や尋問が本当にあるかどうかわかりませんが・・・。

 思いこみ、先入観、職務怠慢、保身、えとせとら。そんなフィルターが”正義”を作っていくのだとしたら、それは怖いことですし、これほどまでにやっていないという人を告発した人は、それでぶれることはないのだろうかとも感じました。

 電車の中で万歳して乗っている男性のかたがたのお財布などのほうも心配に思えてきますし(余計なお世話かもしれませんが)、いろいろな意味で、久々にある意味での怖さを感じた映画でした。

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スウェーデン(3)シンデレラ体験

 やっとひといきついたところで、スウェーデンの話も今回でまとめてしまいます。今回は、私にしてはとても大事な用事があってでかけたのですが、何故この時期に…というと、実は、とある公式の晩餐会が、ノーベル賞受賞者の晩餐会で有名な、ストックホルム市役所であり…といっても、ノーベル賞の晩餐会ではありません。あれは毎年12月10日です。…その晩餐会にエスコートしてくださる…というかたがいて、そこに出席する幸運を得られたからなのです。

 私自身が、なーにもえらいわけではなくて、ただ、たまたま仕事を一緒にしているかたがその晩餐会に出席されるにあたって、同伴する女性もいないから・・・ということで。

 …昨年も”一度そういう会も経験してみませんか?”と誘っていただいていたのですが、まさかそれだけに日本からでかけていくのも…と思い、今年はその日にあわせて、3つ、4つの用事(そのうち一つはとても大事)…を作って、思い切ってでかけることにしたわけです。

 ドレスコードが、男性は、燕尾服、女性は袖無しのロングドレスという、一番正式な(…と本には書いてありました…)晩餐会に出るのは、私にしては初めての体験で、どきどきでした。当日は、会場につくとまず、コートと靴を預けて(スウェーデンの冬は雪で靴が汚れがちなので、必ずそこで履き替えて、会場に入るのだと事前に教えられていました)、ヒールにはきかえました。

 ただ、ノーベル賞晩餐会のときと違うのは、ノーベル賞のときには、晩餐会が1階の青の間というところであり、その後、上の階の黄金の間で舞踏会があるのですが、この日は、式典と舞踏会が青の間で、晩餐会が黄金の間でした。

 3時から、6時過ぎまでは、青の間で、延々ととある式典がありまして、その後は、シャンペンタイムで、シャンペンを片手にしばし談笑タイム。それから黄金の間に案内されて、晩餐会。あらかじめ、参加者全員の名前と座席位置を記した小冊子が配られて、座席には、ちゃんとグラスの上に私のネームカードが…。あぁ、はるばるきた甲斐があった?と思いました。(単純…) メニューは2005年のノーベル賞晩餐会と同じものでした。

 (ちなみに、ノーベル賞の晩餐会のメニューは、過去にさかのぼっていろいろな年のものが、この市役所のレストラン、もしくは、この料理を作っているレストラン本店でも、食べることができる人気のメニューだそうですが、その“場所”で公式晩餐会で味わえるのは、私にしては貴重な経験かと思いました…)

 料理は、正直なところ、予想よりもシンプルだったのですが、料理にあわせてだされる3種類のワインがそれぞれ美味しく、また、料理のサービスのしかたが美しく、その料理と料理の間に行われるスピーチなどのときの雰囲気も、味わいのあるものでした。(お名前は忘れてしまったのですが、スウェーデンの宇宙飛行士さんというかたのスピーチもありました) 

 晩餐会が終わると、今度はまた青の間に戻り、そこで、生演奏でのダンス…。コーヒーとチョコレートもその会場のはしに設けられたテーブルでいただくことができ、出席したかたがたとお話をすることができました。

 舞踏会はいつ終わるのかはわかりませんでしたが、12時を過ぎたときに、”もうシンデレラは終わる時間ですから・・・”とエスコートしてくださったかたにお声をかけて、その場をあとにし… タクシーで宿泊先に戻りました。

 馬車はかぼちゃになり、タクシーはさながらそのかぼちゃ。御者(タクシードライバーさん)は…ねずみさんといっては失礼ですね。でも、そんな夜は終わりました。

 残念ながら、両足ともヒールはしっかりと履いて、出口ではきかえた時にも忘れなかったので、王子さま(ホンモノさまは、もちろん同席されておらず。でも、日本流○○王子さまは…??)が追いかけて探してくださることはありませんでした。

 前日の、タン・ドゥンのオペラ公演があったところが、ノーベル賞の授賞式の会場で、この日が晩餐会と舞踏会の会場。…なんだかまねっこしただけのシンデレラ体験はちょっとむなしいものがありましたが(自分が偉いわけでもなんでもないので)、それでも、約400人の燕尾服&ロングドレスの皆さまの中で、紛れ込ませてもらった夜は、宝ものの思い出です。

 ドレスから寝間着に着替えたら、もうそのまま、時差ボケ疲れと緊張で、意識をなくしておりました。

 翌日は、昼間はガムラスタンという旧市街にでかけ、買い物を。そこから市役所がすぐ目の前に見えるのですが、前の夜のことが、なんだかもう遠い前のことのようでした。夕食は、仕事関係かたと3人で、地元では評判の高いレストランへ。そこのメニューの組み立ても、ノーベル賞ディナーに似ていたので、やはりそういうもの…なのだなぁと思いました。最後の日は、知人(エスコートしてくださったかた)宅に訪れて、またそのご近所のかたと一緒にクリスマスの飾りつけを手伝ったり、お茶を飲んだりして、その翌日には日本へ。

 毎日、朝は8時過ぎまでなんとなく暗く、4時からは闇…。そんなスウェーデンの冬は、昨年夏に訪れた時に感じたスウェーデンのイメージとまったく違うものでした。スウェーデンのかたがたに、一年を通しての過ごし方、心の持ち方などをうかがい、つくづくそのコントロールの難しさを感じました。

 シンデレラは終わりました。、また、私は、箒をもって… 掃除をしましょう。あーあ…片方だけ靴を忘れて帰ったらよかったかも…と思いながら。(24センチの持ち主では、探されようもないですね。多すぎて)

 

 

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【読書】日本遺構の旅

 … 昔は地図帳といえば、シンプルなものばかりで、旅行書といっても、まさに”その土地の観光案内”というものだけでしたが、最近は、いろいろな切り口で、地図と旅を見つめてみたくなる本が出てきていて、そんな中の一冊を、御縁あって手にいたしました。

 ”なるほど知図BOOK” 歴史の足跡をたどる 日本遺構の旅” 昭文社刊…です。

 日本の地図から消えてしまったスポットの背景と謎に迫っていく本で、たとえば、

 ○ 一夜で消滅!? 日本のアトランティス

 ○伝説の中で生き続ける歓楽街

 ○悲運! 大地の怒りか? 日本のポンペイ

 ○日本産業をささえた絶海の孤島…

 (本の裏表紙に書かれている紹介文より抜粋…)

 …など、かつてそこにあったものが消え去った街や島、建物を検証していきます。なんとなく吹く秋風の寂しさにぴったりの本で、人の世の栄枯盛衰(自然現象よりも、むしろ人的理由によるほうがわびしさと悲しさを感じるものです)を感じました。

 なんとなく、普通の旅?に飽きてしまわれたようなかたには、おすすめしたい、地図の本です。思わず、”ここを訪れてみたい”と思うところが見つかられるのではないでしょうか。そこになきものを見つけるという旅に私も興味を持ち、この本を手にまわってみたくなりました。そしておもわず、一句詠まずにはいられない気分になってきます。

 遺構書や つわものどもが 夢のあと… 

 これでは、松尾詐称?…と言われそうですが。写真や情報も豊富です。手にとられるとちょっと不思議な、すとんと過去への穴に落ち込んでいく気持ちがされるのではないかと思います。

 

 …ところで、ここ一か月半ほど、走り続けてきた?日々にようやく今日の午前中でひと段落つきました。今日のこれからと明日いっぱいで、たまりにたまった掃除、片付け、エトセトラをすませたいと思います。 

 例年ならば12月1日に、クリスマスの飾りを出すのですが、とてもそんなものが出せそうにないほどひどいありさまなので、明日の夜には、出せるようになるといいな…と。

 南アメリカ大陸で一度は行ってみたい秘境?…アウヤンテプイあたり…は、テーブルマウンテンと言われますが(テーブルのように、いきなり大地から高くそびえて平らな山ということで)… 私のテーブルマウンテン、ルームマウンテンをまずなんとか、確かそこにあったはず…。でも今は消えてしまっているね・・・という遺構にしたいものです。  

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