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【読書】旅涯ての地

 帚木蓬生氏著の「聖灰の暗号」に出てくるカタリ派つながりで、あるかたに紹介されて、「旅涯ての地」坂東眞砂子氏著 角川書店刊を読みました。

 13世紀。ヴェネチア商人マルコ一族が帰郷したときにともなわれた、宋人と倭人の親を持つ奴隷、夏桂が、偶然手にしたイコンが、実はカタリ派所有のものであり、それはまた「聖杯」といわれるものでもありました。それをめぐって、夏桂の運命はまた新たな方向に導かれていく…。超短く書くとこんなストーリーですすが、単行本で上下2段組み約550ページ。ほぼユーラシア大陸を横断して語られる壮大な物語で、あまりに壮大過ぎて私ではその本質がつかみきれない気がしました。

 主人公であり語り部である夏桂の、どれだけ状況が変わろうともゆるぎない透徹した視点によって、ぶれなく語られている物語の中で、タテ糸となるのは”他の地で生きること”であり、ヨコ糸となるのは”異性のまじわり”だと思いました。カタリ派とヴェネチア商人、そして夏桂を結ぶ糸は同じでも、織りなす模様が違い、その違いが何であるか…考えずにはいられませんでした。

 この本を読みながら思ったのは、人には大きくわけて二種類の生き方があるということです。ふるさとを中心にしたある半径の中で生きる人と、ふるさとを離れて円の中ではなく点を結んで生きる人と。

 私の周囲の人を見渡しても、故郷を離れて(この場合、たとえば九州圏とか関西圏は、”故郷”の範疇で、離れるということは、気候も文化も習慣も違うところに行くということです)そこに、少なくともある程度の長さ、生活の場を持った人、とりわけ、ふるさととの関わりがほとんどない(たとえば海外駐在の人でも、日本からの支援をいっぱいに受けて生活している人は、日本を運んでいっていると感じます)中で生きている人というのは、どこか視点が、この夏桂に似ている気がするのです。

 一方、同じ地域、同じ価値観の中で長く生きている人は、その中でゆるぎなく観念を作り上げて生きていて、大部分の農耕民族、島社会ではそうなりがちなのではないかと思います。

 この本の糸を紐解くときも、その視点で見ると、ふみゅと思うところがありました。

 この本を読みながらイメージしたのは、また、旅を生涯とした松尾芭蕉でもあります。

 本の感想としてはピントはずれなのかもしれませんが、そんなことを思って読みました。秋の休日。ごろごろとソファーにころがって、その点からぴたりとも動かず壮大な物語を読む…。それが本と人とをつなぐ不思議さなのかもしれません。よい時間でした。おすすめくださったかたに感謝しています。

 なお、このお話にでてくるマルコですが、途中まで、このマルコと”あのマルコ”…が結びつきませんでした。気づいたときにはびっくりしましたと、蛇足ながらに。

 

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