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2007年9月

【ドラマ】HERO

 今日、【映画】HEROを見てきて、謎だった過去にあった山口県での事件を扱ったドラマが今晩放送されていてびっくりしました。映画では医療刑務所の囚人となっていた人物が犯した罪と、それから、なぜ若き女性検事が彼の見舞いに同行したりしたのかがよくわかりました。これで映画につながり、すっきりしました。それにしても、なんとタイミングよく放送されたことか。この放送のことを教えてくださったかたに感謝します。

 また、木村拓哉さん演じる検事殿の経歴も登場。(年齢計算、どうなるのでしょう…)

 映画とドラマを比べると時間はほとんどかわらず2時間少々でしたが、予算のかけかたがずいぶんと違うのだと感じました。

 あの韓国での追いかけっこシーンなどのロケ費用、それから、超豪華キャスト?への出演料などが、映画とドラマの違いなのだと思いました。まだまだ、不思議な伏線もあるようで、これは連続放映のほうのドラマを見ないことにはわからないのでしょう。

 なんでも出てくるような不思議なお店が、双子チェーン店?のように東京と山口であるのはおもしろい点でした。釣りでつながるお話ほかも。

 起訴、不起訴を決めるのが検事個人の裁量だというのは初めて知りました。検事が主役のドラマといえば、ずっと昔ですが、片岡孝夫さん(当時。現在の片岡仁左衛門さん)が検事役を演じたドラマが忘れられません。もうタイトルも忘れてしまったのですが、その中にでてくる、”利根川のほとり”という詩を犯人の女性と暗誦しあったシーンなどを思い出しました。

 昼間たまたま見た映画から、夜にまでつながった、HEROの一日でした。

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【映画】HERO

 ライトで楽しい時間を過ごしてきました。映画「HERO」。・・・テレビドラマで有名なのだとか。映画を観終わって帰ってから、そういうドラマがあることを知りました。

 …なるほど、それで納得です。映画冒頭から、突然でてくる説明なき人々の動きにとまどったり、お話がはじまって30分以上?たってタイトル画面が出てきてびっくりしたり、途中のお話がどうしてもよくわからなかったりしたわけです。

 ぽっこり時間があいたところに、ちょうどタイミングよく上映されていた作品がこれだったのですが、それでも、久々に、体に力を入れることなく映画を見ました。映画というより、2時間ドラマみたい…と思ったのですが、この映画の背景を知ると、あながち間違いでもなかったようで。

 カジュアルな服装の型破り?検事役を木村拓哉がつとめ、彼を助ける事務官を松たか子、上司、同僚、先輩には、”トリック”でみかけた超常現象の大学教授や、児玉清らが。”対決相手”の弁護士は松本幸四郎。捜査に出かけた先の韓国で協力してくれる韓国のイケメン検事を、イ・ビョンホンが演じました。

 豪華キャストで、”通りがかりで肩がぶつかったことでキレて殴った相手が、倒れた時に頭を打ち、そのため亡くなってしまった”…傷害致死事件の裁判に望みます。ただ、その裁判には、別件である大物政治家(タモリ)にかかわる問題が関わっていて、大物弁護士(松本幸四郎)が弁護を引き受けるのです。

 どうやって”有罪を証明するか”…。そのため、検察側は韓国にまで証拠品探しにでかけるのですが、突っ込みどころいろいろで、また、肝心の?法廷シーンでは、特に後半の部分はあっけなさすぎ…という気がしました。ラストシーンもいただけません(これはあくまで個人的趣味の問題)…。が、韓国の情景など興味深かったですし、スペイン語と韓国語の使われ方が、よい小道具になっていました。

 木村拓哉さんって、さわやか系で素敵です。かなり若く見えたので、えーっと、司法試験に合格してから研修して、それから検事になって、その間に6年どこかにいって…。と計算していくと、なんだか計算があわない…と思うほどでした。

 医療刑務所の中にいた中井貴一演じるあの石垣島の人?(山口の人?…ちょっと記憶が不確か)は何なのだろう?…そこにいた女性検事は?…ほか、ドラマ未見でこの映画を見た人間にはちんぷんかんぷんのところがいろいろありましたが、まぁ、それは、気になるならばドラマを見るように…ということなのでしょう…というところで落ち着きました。

 たまには、こんな映画を見て過ごすのもいいなぁ…と、ふっと思った日曜でもありました。…最近、ちょっと疲れすぎなのかな?… 日韓のイケメンを眺めて、ふふっ☆と過ごしましょう♪…そんなかたにはお薦めです。

 追記*こんな本やサントラをみつけました。かなりポピュラーなのですね。このシリーズ。

映画のサントラCDもあって、そのジャケットからこの映画の雰囲気がわかるので、それをここに出したいのですが、なぜか個別リンクでだせなくて…。これらのどれかをクリックされたら、関連品のところにでてくると思います。…。並木道にずらっとならんでいるひとたちの写真です。

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【映画】サッド・ヴァケーション

 かくも女は怖く、かくも男はやわらかなのか…。この映画を見終わって一番に思ったことはこの点でした。怖くなりました。本当に。この映画に出てくる女性(たち)に…。

 物語の舞台は北九州市。若戸大橋という東京オリンピックが行われた年に開通した赤い橋の近くに、小さな運送会社がありました。社長の間宮(中村嘉津雄…”ツ”の漢字は草冠つき)のところに集まる従業員たちは、借金取りに追われる男(オダギリ・ジョー)や、医師免許を剝脱された男、バスジャック事件の被害者(宮崎あおい)その他、いわくある人間ばかり。

 車の代行運転を縁にこの運送会社に訪れた健次(浅野忠信)は、そこで、かつて自分とアルコール中毒の父を捨てて家をでていった母親を見て驚きます。母、千代子(石田えり)はその間宮の妻になっていたのです。密航の手引きをし、その時にひきとった中国人の男の子アチェと、うさぎとともに、健次もその運送会社にやってくることになるのですが、健次の思いは母への復讐。母と間宮の間にできた健次の弟もからみ、物語は意外な方向に進みます。

 …青山真治監督によるオール北九州ロケということで、見に行こうと思っていたのですが、ちょうど、今日、ある予定が延びて、ちょっと落ち込んで、それではあいた時間に…とまさに気分は”サッド・ヴァケーション”ででかけたのですが、私のごとき”サッド”などは、笑い飛ばされてしまいそうなサッド…だと思いました。

 健治の母は、すごいです。もし本当にこんなふうな母性(?????)を持っている女性がいるとしたら、正直なところ怖くてしかたありません。また、18歳というのに、とても落ち着いていてしっかりしているあおいという少女にも圧倒されました。さらに、この健次の恋人冴子(板谷由夏)が、終盤で見せる一連の行動にも…。

 自分はこの3人のどの行動もできない…と思っただけに、またそれが同性であるがゆえに、なんとも言えない怖さを背中に感じました。(と、同時に、最近、よく周囲に指摘される自分の足りないところが何であるのかが、この映画を見て少しわかった気持ちになりました。)

 女性たちに比べて、健次をはじめ、社長の間宮氏といい、元医者さんといい、あおい捜索隊?の人といい…なんと男性は、やわらかでナイーブでやさしいのか…。まるで、この映画にでてくるウサギのようだと思いました。

 ちらしには、”あの女を不幸にするためなら、俺はどんなことでもやってやる”…とあるのですが、この言葉が本心なのかどうかはとても疑問でした。また、もうひとつのチラシにあった言葉”すべてを包み込み美しく生きるゆるぎない女たちの物語”…。ほかの文言はともかく、その中のひとつの言葉には、うーんと思ってしまいました。それだけ、あの凄みが私には本当に怖かったということです。

 変なホラー映画などよりもずっと怖かったです。少なくとも私には。

 ちなみに、北九州ロケということで、「プルコギ」の時と同様に、”あ、あそこ♪”と思いながらいろいろと楽しめました。でも、冒頭のほうで、健次が水浴び?をする森がどこなのか、わかりませんでした。あそこがどこかお分かりのかたがおられたら、教えていただきたいと思います。とても素敵だったのでいってみたくて。同じ北九州ロケ映画では”プルコギ”のほうが、施設の意外な使い方がよかった気が、ロケについてはします。

 …なんだか怖いとばかり書いてきてしまいましたが、人の心のいろいろな面がすごく掘り下げられた映画だと思いました。原作は未読です。怖いながらも興味がわきます。そのうち読んでみたくなりました。

 

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【読書】劇場(華麗なる恋の…)

 映画「華麗なる恋の舞台で」が、とてもよかったので、その原作を手にしてみたくなりました。サマセット・モーム著の「劇場」がその原作です。

 名女優ジュリアは46歳。イギリス一の美男・そして、劇場経営者の夫や、長年のプラトニック・ラブを貫く貴族などに囲まれていましたが、彼女のファンだという23歳のトムに夢中になってしまいます。息子ロジャーと年のそう変わらぬトムとのことで、我を失ってしまうこともあったのですが、トムはそんな彼女の心にふさわしい相手ではなく、彼の心が新人女優に傾いていった時に、彼女は・・・。

 映画は、かなり忠実にこのストーリーをなぞっていましたし、ジュリアはこの本の中でも実に生き生きとしていて、映画の中のジュリア役の”アネット・ベニングさん”が、ずーっと一緒に本を読んでいる間中、脳裏で演技を続けているように感じる、映画と原作の関係でした。これを、本から読んで、そして映画を見たらどう思っただろうかと途中で思ったのですが、あまりにもあざやかにアネット・ベニングさんが浮かぶので、その逆を考えきれなくなりました。

 他の俳優さんたちも、まさに原作のイメージにぴったりだったのだなぁと思いました。とりわけ、この本の前半は、映画では触れられていない、若き日のジュリアと、その夫となる男性マイケルのお話で、天性のものをもった女性が、いかに学びながらより大きくなるか、また、その一方で美貌には恵まれるけれど、俳優としての凡庸さを自覚するしかなかった男性がどう歩むのか。

 女優と劇場経営者という二人の関係が、細かな心理描写の中で鮮やかに浮かび上がってきました。とりわけ、ジュリアがどのように彼に熱をあげ、どのようなところから熱がさめていくか…。そのあたりがとても興味深かったです。同様に、ジュリアとトムの関係でのジュリアの気持ちの流れも。

 映画でのラスト15分の描写は(ここが映画の一番すごいところなので、内容のネタばれはしないようにしておきます)、映画のほうが圧倒的に、その表現手法の長所をいかしていたと思います。

 一番ラストのシーンは、特に私が好きなシーンです。映画を観終わったときも、この本を読み終わったときも、このシーンにきちんとそれまでの流れがいきつくところが、爽快に終えられるポイントだったのかもしれないと思いました。

 もちろん、映画とは少し違っていたり、ぼかしていたり…いろいろです。この映画のファンのかたならば、この本を読まれても、ひと粒で二度楽しめるのではないでしょうか。

 再び書きますが、”あっぱれ”なストーリーでした。

 ちなみに、アネット・ベニングさん主演の、アメリカン・プレジデントはご覧になられたでしょうか…。

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赤い滝… 白川義員写真展

 一昨日のことになりますが、白川義員氏の写真展にでかけてきました。今回のテーマは滝です。世界百選の滝の写真の数々を堪能してまいりました。

 写真の傾向としては、日の出の時間がお好き(な気がする…これまでの作品から・・・)な白川氏らしく、赤い光線を生かした作品が多かった気がするのですが、私は、やはり滝は水色…の先入観から逃れられずにいました。

 数日間、テントをはってシャッターチャンスを狙われてのものや、ヘリコプターなどからの空撮など、”その一瞬”、”そのアングル”への飽くなき追求も、相変わらずで、白川氏らしい作品展だったと思います。

 おもしろかったのは、それぞれの大陸の特徴や癖?が、滝の水しぶきの背景の岩や緑に、心なしかよく反映されているということ。それから、見てみたかったのが、白川氏は、100選の滝の中では、たぶん一番(?)お気にめさないナイアガラの滝の、その周囲に林立する人造物も共にある写真…でした。人造物が一切入っていない滝の写真ばかりの展覧会であとでじわーっと思うと、不思議な気がしてしかたありませんでした。

 “自然”というのはいったいどういうものなのか…。いつも、白川氏の作品を見るたびに考えさせられます。

 今日は、自然史・歴史博物館へ。ここではまた別の視点から、自然とは何かと考えさせられました。とても濃厚な時間でした。

 …展示物の恐竜たちと久々に長時間にらめっこしていましたら、無性に”ジュラシックパーク”が見たくなり、帰路にレンタルショップに寄ったのですが、レンタルできずに残念です。映画というよりも、マイケル・クライトンの原作を読みなおしてみたくなりました。

 あれやこれやで過ぎる連休。明日はやっとひと息。読みかけの、「劇場」(モーム作)が読めるとよいのですが。

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【読書】旅涯ての地

 帚木蓬生氏著の「聖灰の暗号」に出てくるカタリ派つながりで、あるかたに紹介されて、「旅涯ての地」坂東眞砂子氏著 角川書店刊を読みました。

 13世紀。ヴェネチア商人マルコ一族が帰郷したときにともなわれた、宋人と倭人の親を持つ奴隷、夏桂が、偶然手にしたイコンが、実はカタリ派所有のものであり、それはまた「聖杯」といわれるものでもありました。それをめぐって、夏桂の運命はまた新たな方向に導かれていく…。超短く書くとこんなストーリーですすが、単行本で上下2段組み約550ページ。ほぼユーラシア大陸を横断して語られる壮大な物語で、あまりに壮大過ぎて私ではその本質がつかみきれない気がしました。

 主人公であり語り部である夏桂の、どれだけ状況が変わろうともゆるぎない透徹した視点によって、ぶれなく語られている物語の中で、タテ糸となるのは”他の地で生きること”であり、ヨコ糸となるのは”異性のまじわり”だと思いました。カタリ派とヴェネチア商人、そして夏桂を結ぶ糸は同じでも、織りなす模様が違い、その違いが何であるか…考えずにはいられませんでした。

 この本を読みながら思ったのは、人には大きくわけて二種類の生き方があるということです。ふるさとを中心にしたある半径の中で生きる人と、ふるさとを離れて円の中ではなく点を結んで生きる人と。

 私の周囲の人を見渡しても、故郷を離れて(この場合、たとえば九州圏とか関西圏は、”故郷”の範疇で、離れるということは、気候も文化も習慣も違うところに行くということです)そこに、少なくともある程度の長さ、生活の場を持った人、とりわけ、ふるさととの関わりがほとんどない(たとえば海外駐在の人でも、日本からの支援をいっぱいに受けて生活している人は、日本を運んでいっていると感じます)中で生きている人というのは、どこか視点が、この夏桂に似ている気がするのです。

 一方、同じ地域、同じ価値観の中で長く生きている人は、その中でゆるぎなく観念を作り上げて生きていて、大部分の農耕民族、島社会ではそうなりがちなのではないかと思います。

 この本の糸を紐解くときも、その視点で見ると、ふみゅと思うところがありました。

 この本を読みながらイメージしたのは、また、旅を生涯とした松尾芭蕉でもあります。

 本の感想としてはピントはずれなのかもしれませんが、そんなことを思って読みました。秋の休日。ごろごろとソファーにころがって、その点からぴたりとも動かず壮大な物語を読む…。それが本と人とをつなぐ不思議さなのかもしれません。よい時間でした。おすすめくださったかたに感謝しています。

 なお、このお話にでてくるマルコですが、途中まで、このマルコと”あのマルコ”…が結びつきませんでした。気づいたときにはびっくりしましたと、蛇足ながらに。

 

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【映画】アイデンティティ

 ジョン・キューザック氏見たさだけで(♪)、内容ノーチェックで借りたのですが、ストーリーが意外におもしろく、謎解きにひきこまれました。大雨の中、いろいろな事情を抱えて、あるモーテルに集まった10人が、ひとり、またひとりと殺されていくストーリーは、さながら、アガサ・クリスティの小説のようで、犯人は??…と考えながら見たのですが、どうしても不整合があったりしてわからないまま、結末までたどりつき、意外な結果にびっくりしました。

 この映画の結末は、誰にも話さないでください… という“注意”に確かに値すると思いますので、ここでもそれは書きませんが、最後に、窓ガラスに映った顔をみて、これはすごい…と思ったことだけを書かせていただきます。それから、この犯人が、“あこがれた人物像”というのがよくわかった気がしました。

 残念だったのは、ちょっとザツな作りかな…と感じたところです。情景設定などで、なんとなくテレビの2時間ものサスペンスのように感じてしまったところがありました。

 アイデンティティというのは日本語になおすと、”自我同一性、自分が自分であることの認識”となるそうですが、他人が見た同一性?はどうなのでしょう。

 相手によって、態度を豹変させる人(もちろん、礼儀正しい態度のとりかたというような、さりげなさの範疇を超えたほどの…ということ)を横で見ていると複雑な思いになりますが、そんなときに以前は、”どうしてこの人はこんなに態度が変えられるのか”と思って驚いてみていたのですが、それは、その人にとっていくつもの顔がある、わけではなくて

 ”そういうふうに態度を変えていくという人格=ひとつの顔”

 なのだということだと、あるかたのお話できいて、なるほど…と納得できました。

 この映画を見ながら、そんなことをも考えたのですが、あまり詳しく書くと映画の本質のネタばれになりますので、これくらいにしておきます。ブートキャンプの主催者のかたに似た名前で、”24”という数字のつくタイトルの本がありました。(あー、苦しい書き方…)途中で混乱して、以前、読了できなかった本なのですが、また手にとってみたくなりました。

 

 

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【爆笑薬】面白南極料理人

 こんなにおなかの底から、楽しく笑ったのは久しぶりです。料理担当の南極越冬隊員であった著者が、その体験をもとにまとめた「面白南極料理人」 (西村淳著 新潮社)という本を読んでのことです。

 南極越冬隊の生活+豪華絢爛満漢全席工夫満載努力奮闘の献立が書かれたこの本を無防備に手にしてしまったのが間違いでした。

 この本の最後の一行は、作家 佐々木譲氏による”解説”のラストの一行ですが、そこに書かれている言葉…「あ、繰り返すけれど、絶対に電車の中では読まないほうがいいと思う。」…を最初に読んでおけばよかったと思いました。 

 電車の中でページを進めたときには、笑いをこらえられずに、四苦八苦しました。隣の席の人からはさぞ怪しい人と思われたことでしょう。

 でも、この本の笑いのすごいところは、それが単に、“お笑い”ではないところです。零下数十度。ふつうの世界からは隔絶され、閉ざされた空間で、毎日毎日同じメンバーで過ごす日々は、たぶん、想像を絶するしんどさがあるのでしょう。

 本ではサラリと書かれていますが、そのストレスたるや大変なものだと容易に想像できます。その日々の助けになるのは、偉大なるアクセントとなる食事と、そしてその食事に込められた、「気分転換♪」の祈りと気配りに違いありません。その思いやりと心配りが、おもいっきり笑って読み終えたあとに、じわーっと伝わってきます。

 この本のページが一番進んだのは、ある人との待ち合わせで、想定外の待ちぼうけをせねばならなくなった時でした。いつもであったら、「よりによってこんなところで、こんなに待たされるなんて…。」と、とほほな時間が、この本のおかげで、気持ちを軽くすることができました。

 南極で生きていくのはやはり大変で、それに比べると、北緯35度とかそういうところでの少々のことは、たいしたことがないのだと思えてくるかもしれません。

 気にしない♪ 気にしない♪… そんな言葉が必要とされるような状況が予見できるときに、この本を、爆笑薬として、お薦めいたします。

 もちろん、南極の興味つきない日々のことや、思わず作ってみたくなる料理の超簡単レシピも満載です。平和な日々をお過ごしのかたにも、おすすめします。ただし、電車の中、授業中の内職読みをされる時には、笑いの噛み殺し術を先にマスターされてください。

 ああ、この本には救われました☆

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【読書】”外套”と”芋粥”

 世の中、呪われているというか、運が悪いというか、間が悪いというか、よりによってというか3代(3世代というわけではないのですが)続く凶事…というのも世にあるものだと、ふと昨今のニュースを見ながらおもうことしきり。

 むかし聴いたさだまさしさんの曲に、”運がいいとか、悪いとか…そういうものって確かにあると…”というような歌詞のものがありましたが、最近、「運」について考えてしまいます。それについてつながる作品、2作をふと手にとってしまいました。

 一つ目は先日、ジュンパ・ラヒリ氏著の「その名にちなんで」を読んだ時に、作中にでてきて気になった、ゴーゴリの「外套」です。ロシアの貧しい下級官吏が、つんつる…になるまで同じ外套を着ていたのですが、もう修理もできないほどになって、「これ以上は修理できないので新しく作りましょう」と、仕立て屋さんに言われてしまい、爪にあかりをともすようにして貯めたお金で外套を新調するのですが、なんとその外套を…。こちらは、あまりにわびしい男性の物語です。陳情に行った先で、人前で虚勢をはりたかった高級官僚によって、ひどい言葉をあびせられるシーンでは、権力とはいかなるものかをよく象徴していると思いました。

 これを読みながら思い出したのが、「今昔物語」の中の「芋粥」で、こちらは、一生に一回でいいから、おなかいっぱい芋粥が食べたいなぁ…と願うこれまた下級官吏が、思いがけないことのなりゆきから、芋粥をおなかいっぱい食べることができる機会に恵まれる…というおはなしです。ほわほわしてあたたかく、昔から大好きだったお話です。

 ともに下級官吏で、ともにささやかな夢…。比べて読むと、その暮らしぶりとささやかな人生の中のぽっとともった大イベントの明暗が、切々と胸に感じられます。

 ”今は昔”… どれだけ時代が変わっても、国が違っても、変わらないなぁ…と感じた、短編2作。秋の入り口の読書タイムでした。

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【映画】エヴァンゲリヲン:序

 やっと謎が解けた気がしました。

 私の周囲には、何人かのエヴァンゲリヲン・ファンがいて、年齢も嗜好もかなり違ってバラバラなのに、なぜか「エヴァはいいよ」…と、しみじみと言っていて、いったいその”福音?”とは何なのだろうということが知りたくて、映画館にでかけました。

 原作も何も読んでいなくて、予備知識は何もなし。ただ、そんな周囲の人がよく、”NERV”と書かれたシールなどを身近なところにさりげなくつけていたので、その言葉だけは覚えている状態で映画を見に行きました。朝一番で、劇場はほぼ満席。本当にいろいろな世代の人がいて、びっくりしました。映画の前の予告編を見ていると、この映画が、どんな層をターゲットにして作られているのかわかってくるのが常ですが、この映画の層は想像していた以上に熟年も含んでいる大人世代なのだなぁと思った次第です。

 映画の内容では、よくわからなかったところもあったけれど、(あの「使徒」とは何か?とか、どうしてあのロボット?は、中に入っている人と結びついた動きをするの? とか、あの親子関係は?とか、なぜにエヴァンゲリオン?とか)

 でも、なんとなくですが、なぜ私の周囲の人が、この世界が好きななのかが、うまく言葉にできませんが、納得できましたので、今日はこれを見てよかったと思いました。

 すごく遠いようで、実はすごく近い心だから、気持ちを共に込めていけるのだ・・・とでもいうべきでしょうか。

 登場人物たちの背景が映画だけではよくわからなかったので、誰かに本を借りてしまいそうな予感もしています…。あの女の子と男の子は? またあの親子は? あのペンギン君は?

 その他の点としては、アニメーション映画というのをあまり見たことはないのですが、私はこの映画がとても細部がよく描かれていることに惹かれました。建物系が特に印象に残りました。

 日ごろ見ている映画とはまったく違う種類の映画だっただけに、頭がびっくりしているようで、感想にならない感想ばかりですが、”なんとなくわかった…”ということだけでも書きとめておきたくて書きました。

 頑張って生きるか、がんばって死ぬか…。

 この世界も、ショーシャンクの空と同じかも…と、結びつけて、記録オワリです。

追記:エヴァンゲリヲンに興味を持って探していたらこういうものをみつけました。ブロッグ、昔から大好きなので(どちらかというと○ゴのほうですが)作ってみたくなりました。

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