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2007年5月

【映画】ショーシャンクの空に

  生涯の中で忘れ難い映画を5本あげてくださいといわれたら、迷わずにいれる作品です。最初に見たのはもうずいぶん昔ですが、自分の中での何かを確認したくなったときに、ときどきふっとDVDで見ます。

 妻殺しの冤罪で、刑務所に入れられた若きエリート銀行家が、獄中でさまざまな困難にあいながらも、強い意志をもち、希望を捨てずに生き、そして…というストーリーで、原作は、スティーブン・キング氏著の「刑務所のリタ・ヘイワース」。原作と映画は当然違うところもあるのですが、一番の違いは、この銀行家の身長の設定くらいかも…というくらい、あまり本と映画の違いが気にならない、いえ、むしろ珍しく、映画が原作を超えていると感じる作品かもしれません。

 若き銀行家アンディを演じたのが、ティム・ロビンス氏。そして獄中で彼のよき支えとなる古参囚を演じるのがモーガン・フリーマン氏。

 この映画のポスターの絵ハガキを、実は机の前にずっと飾っているのですが、それは、雨の中、空をみあげて両手を広げているアンディの様子が描かれたもので、ポスターに書かれている言葉は、 

 ”Fear can hold you prisoner. Hope can set you free。”

 この言葉は映画の中のセリフではありません。

 映画の中のセリフで一番印象に残っているのは、日本語吹き替え版での「頑張って生きるか、頑張って死ぬか」。…とてもしんどい時期に初めて見たので、とてもこの言葉が心にしみました。

 日本語字幕では少し訳が違います。また原文はアルクから、映画のシナリオ本が出版されていますので、興味があるかたは、そちらをご確認を…。

 いろいろなことがあって、ちょっと久々にこのDVDの一部だけを鑑賞。(本当は全部見たいのですが…) あらためてラストシーンの美しさに惹かれました。

 DVD屋さんでのレンタルで、迷われたかたには、迷わずこの一本…とおすすめしたい作品です。

 なお、「刑務所のリタ・ヘイワース」は「ゴールデンボーイ」というタイトルの文庫本に収録されています。

 

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【映画】プルコギ・オフィシャル弁当?

 かつて、一世を風靡した「料理の鉄人」を髣髴させる焼肉バトルムービー「プルコギ」…。映画自身の感想としては、いろいろときかれます。ひとつネガティブな評で同感だったのが、「この映画は食べ物を扱う映画なのに、食べ物を大事にしていない。だからおいしそうに見えないのだ。」という知人評です。たとえば、調理台の上のものを全部、おとしてしまうとか・・・そういう点が確かに残念なところでした。

 かつて「料理の鉄人」のファンで、番組放送の翌日には、よくその食材で、鉄人をまねっこして、なにか簡単な料理を作っていたときのことを思い出しますと、特に、食材の扱われかたが違います。だから、映画中番組?の全体の雰囲気も違っているように感じたのかもしれません。

 その公式グッズ?のお弁当を買ってみました。

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 お弁当箱の上には大きく映画のちらしのようなデザインで。四方の横にはロケ地などが紹介されています。中身はつぎのようなものでした。

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  映画の中での赤肉、白肉対決になぞって、カルビーとホルモンがそれぞれメインで。それに福岡県産のお米と、北九州の地元でとれる野菜のサラダなど。

 これで、840円は、北九州っ子にしては少々高いと感じるかも?? でも、こんなロケ地限定のナマモノグッズもよいかもしれないと思いました。ご当地映画というと、○○弁…。今回の場合は北九州弁が、映画の味を決めたりもしますが、これは、北九州弁ならぬ北九州弁当??。それならば…と、自分オリジナルのプルコギ鑑賞後弁当?も作ってみたくもなりました。…あの干し柿の秘伝?を試してみたくもあります…。

オリジナルサウンドトラック「プルコギ」

ユウキ食品 プルコギの素 125g (3入り)

チャングム マーブルコート プルコギ鍋

  

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スウェーデン王室のチョコレート

 天皇皇后両陛下がスウェーデンをご訪問。ストックホルムの空港に出迎えられたのが、スウェーデンのヴィクトリア皇太子(王女さま)…。

 その映像をニュースで見て、思わずあるチョコレートを思い出しました。

 表紙の上には王女様の写真、箱の色はまさにスウェーデンのロイヤル・ブルーで、王冠のマークがちりばめられています。

 よく、”王室ご用達”という食品やグッズはみかけますが、これは”ご用達”というよりも、王室が観光土産に協力している例かと・・・。なんとなくギャグを売りにされがちな某国政治家系食品とはちがって、親しみとともに敬愛の心も感じます。

 絵ハガキはもちろん、チョコレートにも、パズルにも王室ご一家の写真は使われていて、それらにあふれるスウェーデンを訪れると、不思議なのびやかさを感じます。

 ちなみにこのチョコレート、やわらかな味でおいしかったです♪おみやげにいかがでしょう?

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【映画】バベル(感想その3)ほか

 なんだかまだしつこくバベルネタ?です。なんとなくいろいろなピースを最初に集めて絵を作っているときと、できあがって、またピースごとに見ていくときでは、少し視点が違ってきまして。たとえば、ネットで感想などを拝読しているうちに、今頃になってあらら?というところがありました。

 ” アメリアの休暇を反故にしたのは誰か…”

 私はリチャードがその人で、あの事故のせいだと思っていたのですが、アメリアのかわりに子守りをするはずだったレイチェルなる人が、子守りをできなくなったからとも・・・。うーん。あのアメリアの事情を変えたのが、ダイレクトにレイチェルかそれ以外の人か。気になるところになってしまいました。結果はかわらないのですが、なんとなく微妙に感じるところが変わる気がして、小さなこだわりを持ってしまいます。あと、バベルでもう一度確かめたいのは、銃撃された時に座っていたシートと銃撃した人の位置関係ほかあれこれと・・・。

 映画館で夢中になって話をおったあとに細部が気になる…というのはよくあることで、先日は、”ダヴィンチ・コード”のDVDをレンタルして再見していました。映画館でみたときは、「すごいスピードで話が展開する」との前評判から、必死にストーリーだけを追ってしまっていた気がしました。そうやってストーリーだけを追うと、先に読んでいた原作との対比ばかり気になってしまったのですが、しばらくして、じっくりDVDで鑑賞すると、やっぱりここは?というところや、トム・ハンクスさんの表情ほかを味わうゆとりがでてきました。

 言葉も、映画も、発されたそのときの印象に左右されがちでもあり、また、ふっとあとから、あれは??と思うものでもあり。バベルを振り返るとき、どうしても言葉が持つ力を考えずにはいられません。(どこぞのCMでもそんな言葉があったような気がするのですが。)それだけに、映画評ひとつにしても、言葉を選ぶ必要があるのでしょう。

 このブログは基本的には、映画のよいと感じたところを見つけて書いていきたいと思っています。”プルコギ”の私の感想はやさしすぎるともいわれ、よいところばかりを書いて、それをもとに鑑賞に行かれたかたが、がっかりされるのは申し訳ない…とも思いつつ、やはり、私はよいところを…と思っています。どうぞその点、あらゆる映画について、おふくみいただけたらと思います。 

 <なお、バベルの鑑賞後感想は5月6日に、バベルの鑑賞後しばらくしての感想は5月14日のところに書いています。>

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【読書】わたしを離さないで

 …原題は、Never Let me Go。 カズオ・イシグロ氏著の「わたしを離さないで」。(早川書房刊)  読んでいるときの自分の心に波立つものと、その波立ちかたの成長?は、久しく忘れることができないと思います。

 この本は、予習情報抜きで、むきあわれたほうがよいと思えましたので、内容についての情報としては、ここでは帯の文章の一部だけを紹介します。

 ”謎の全寮制施設に生まれ育った

者たちの痛切なる青春の日々と数奇な運命を感動的に描く”

 ”著者のどの作品をも超えた鬼気迫る凄みをこの小説は獲得している。” 

 …

 読んでいるあいだに、モワモワと心の中に沸き起こってくる不確かな推測。少ない情報の中からヒントを求めようとして走る心。先が気になってしかなたい指先。そして、いっきにクライマックスに走るときの高揚感。そして、茫然。… 読後しばらくして起こってくる「なぜ?」… 

 …拙ブログのコメントをきっかけに読み機会をいただいたのですが、そのかたにとても感謝しています。お借りした本で、大急ぎでページを走ったので、またじっくりと時間をおきながら味わいたくて、自分の手元にも・・・と思います。

 …読後、キュッと眼を閉じたくなって、しばらくはあけることができませんでした。前半のあざやかなページの記憶がまぶしすぎました。

 ぜひ、この本は…と、おすすめします。

 

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【読書】字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ

 

 いつもお世話になっている映画の字幕。

 ほとんど聞き取れないくせに、たまにちらっと聞き取れた言葉の意味と字幕が違っていると、「???」と言いたくなってしまう字幕。プロのかた相手に一素人がどうのと言えるわけではないと十分わかり、プロにはプロのなにかしらの事情があると思って、そんなときに通りすぎてしまうのが常なのですが、そういう字幕のプロ屋さんの本音が書かれている本に出会いました。同じ日に、別々に二人のかたから、この本を紹介されるというのも何か奇遇に感じ、これは手にするしかないと早速手にしました。

 「字幕屋は銀幕の片隅で日本語が変だと叫ぶ」 太田直子氏著 光文社新書です。

 タイトルからいって、字幕屋さんらしいというか、あまりに字余りでらしくないというか・・・思わず目をひいてしまいます。 

 さすが、日ごろすっと読ませることを得意とする字幕屋さんの本だけあって、本当にすっと読める本で、外出先であっというまに読んでしまいました。

 字幕にするときと、吹き替えにするときの留意点なども読んでみるとああ納得で、口の動きの長さにあわせないといけない吹き替えも難しければ、人が読める字数におさめる字幕も本当に大変だと思いました。いつだったか、ウッディ・アレン氏主演の映画をみて、あまりにセリフが多くて読み疲れてしまった記憶が蘇ってきました。

 長すぎる字幕って、本当に大変。

 この本の34ページに、ある例題が書かれていました。

<むっつり黙りこむ女に男が問いかけるシーン>

 男:「どうしたんだ?」  

 女:「あなたが私を落ちこませているのよ」

 男:「僕が君になにかしたか?」 

 

 これをそれぞれ5文字以内にしないといけないときにさぁどうしますか?ということで、

 字幕屋さんは

 男:「不機嫌だな」

 女:「おかげでね」

 男:「僕のせい?」

 とされたそうです。うーん…。なるほど…。ほかに案はありますか?特に女の人のセリフのところで…との問いかけでしたので、私は、この女の人のセリフは少し違うように考えました。字幕屋さんになったつもりになると面白いです。

 これからは映画の字幕を見る目が少しかわりそうな一冊です。

  

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【映画】遠い空の向こうに

 

 あるかたとのお話の中で、この映画と原作のお話がでたこともあり、またDVDを手にしました。NASAの技術者が自身のことを書いた実話をもとに映画化された作品で、自分の住む町、親と同じ仕事で生きる未来しか考えにくい状況から、自分の夢を追って未来を変えていくお話です。

 主人公、ホーマー(ジェイク・ギレンホールさん)は炭鉱の町の高校生。仲間とロケットを飛ばすことに夢中になり、ロケット・ボーイズを結成。学校の科学の先生の応援もあって、自分で難しい専門書も読みながら、ロケットを飛ばす実験を繰り返し、トライ&エラーを繰り返していきます。

 炭鉱の仕事に誇りを持つ父は、そういう夢を理解しようとせず、ホーマーには自分と同じ道を当然に歩むものだと示していきます。いろいろな言いがかりやぬれぎぬぬをきせられながらも、彼らは夢をあきらめず、やがて彼らは未来をかえるチャンスをつかみます。

 …うーん。何度見ても気持ちのよい映画のはずでした。DVDで持っていて、ふっとなにかあると、これを観ながら、書類整理などをします。よく知ったストーリーだからそんなふうに見ながらほかのことができる…はずなのに、それでもつい途中から引き込まれて映画のほうに見入ってしまい、気がつけば、書類はそのままの山でそこに…という状態になります。

 でも、ちょうど昨日からいろいろなことが重なりました。

 あるひとから、お嬢さんが今大学4年で就職活動中だけれど、4年制大学卒の一般事務?という就職先は今なかなか厳しいときいたこと。… つい2年くらい前にそのお嬢さんに「将来の夢は?」とたずねたことがあって、そのときに、即答で「専業主婦がいい」といわれた記憶が蘇ってきたところでした。

 また、ある短大の2年生のクラスで、アンケートをとったところ、”自分の就職活動に今一番必要なものは?”という問いに、”夢や希望を持つこと”という回答が大部分だったというお話をきいたところでもありました。自己アピールとか、身だしなみとか、社会人的常識とか、スキル…と答える以前の状態で、まず、自分の夢や希望がはっきりと見えてこないそうで。

 さらに、自分自身も、仕事と夢と希望に関係する壁にぶつかってしまい(しかも3つも・・・)、そんな状態の日に手にとりなおすと、とにかく青空が目に痛い(まぶしいを通り越して・・・)ようでした。

 仕事の現実と夢と希望… その折り合いがどこにあるのか…。

 自分がおかれている環境から抜け出すには、何が必要なのか・・・。はっきりした夢? 努力? 運? 我慢? それとも…?

 いつもは、すーっと気持ちがはれるようなこの映画が、なんとなく今日はほろ苦い気持で胸にしみこんできました。それでも、やっぱり良い映画です。きっとこれからも何度でも手にとってしまうことでしょう…。

 映画の原題は”October Sky”。 旧ソ連のスプートニク号がアメリカの上空を横切り衝撃をあたえた空からかと思うのですが、ロケットが吸い込まれていく空として、空が高く青い10月の空をもイメージしました。 また、ホーマー・ヒッカム・Jr作のロケットボーイズとのタイトルの関係も非常に秀逸と感じます。(この関係をご存じないかた、ぜひ、この謎を考えてみられてください♪)

 

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”テロリストのパラソル”の思い出

 作家の藤原伊織さんご逝去のニュースをインターネットでみかけてびっくりしました。お写真にイメージから、まだお若いと思っていましたので…。59歳でとのこと。早すぎる気がいたします。

 藤原伊織さんといえば、「テロリストのパラソル」が一番に思い出され、早速本棚に探しにいったのですが、あらら…。見つからず。文庫本だけで、前後3層になっている本棚もあるので、また時間をかけて探さねば…と思います。すぐに手にできないとなると、無性に読みたくもなるのが皮肉です。「テロリストのパラソル」で、記憶によみがえるのはなぜかその中にでてきた、ホットドッグ…なのです。

 マスターが作るホットドッグ。テレビドラマ化されたときには、それが実においしそうに思えたことも思い出しました。あれを見た当時は、しばらく、テロリストのパラソル風ホットドッグばかり作っていたことを思い出しました。自分でもおかしくなるような記憶がフラッシュバックしてきました。

 そろそろ日ざしが夏色になってきて、パラソルが必要なころとなりました。近年はやりの黒いパラソルはどうにも苦手で、やっぱり白系を選んでしまうのは、もしかしたらこの本以来のイメージなのかも…。

 

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【映画】プルコギ

 ”映画「プルコギ」無料招待券 落選のお知らせ”…なる便りが昨日届きました。…あれこれと応募することはあっても、落選の知らせなるものが届くことは非常に稀で(普通ならば当選者のみ通知であとはスルー)、手にして最初は、#%$&+‘$&となったのですが、それでも、プルコギのちらしと”北九州フィルム・コミッション 北九州ロケ地マップ”なる冊子も同封されていて、そのマップがとてもおもしろかったので、元気も復活。

 ちゃんとチケットを買って(あたりまえといえばあたりまえ…)「プルコギ」を鑑賞してきました。この映画は、ひとことでいうならば、その昔テレビで一世風靡した”料理の鉄人”の焼肉対決版。 カルビーやロースといった赤肉にこだわるチャンピオンをARATAさんが演じ、それに対して、腸などのホルモン系(白肉)で対決するのが、松田龍平さんと、その幼馴染で、龍平さんの師匠(田村高廣さん)の孫娘、山田優さん、というストーリーでした。

 そのベースに、途中からしっかり簡単に予測できてしまう“因縁”があるのですが、それをも含めて、とてもストレートな味わいの映画でした。

 北九州市のいろいろなところがロケに使われていて、その組み合わせがとてもおもしろかったです。市役所がさりげなく、でもしつこいほどの?存在感ででてきていたり(でも、これは市民でないとわからないところでしょう…)、きゃ、あそことあそこが??と、本当の土地カンをもとにすると結びつかないような距離(焼き肉店があるところと、ふたりが歩いている商店街のところが相当離れている・・・など)があったりしたのですが、それでも、おもいがけない発見がいろいろとありました。”いのちのたび博物館”の中など実に上手に使われていたと思いました。

 また、北九州弁が上手にとりいれられていました。それ以上にびっくりしたのが、山田優さん演じる焼肉屋さんの看板娘像が、北九州の女性のキャラ?そのもの…。友人、知人にもこんなタイプが多くて、思わずこれこれ♪これっちゃ☆…となってしまいました。

 (よく京都の女性は、はんなり系とか、大阪で生まれた女性は…とかいわれますが、北九州の女性を知りたい?などと思われたかたはぜひこの映画をご覧ください…。全部が全部…とは申しませんが、ひとつの典型的タイプかと)

 北九州を単に言葉だけでなぞっているのではなく、気質までなぞってもらえていることで、表層だけではない染み込んだ?ご当地映画となっていて、そのこだわりに、本物と感じました。

 それだけでなく、実は、今回この映画を観に行きたかった一番の理由は、映画「ピンポン」以来、大好きになっているARATAさんを見たかったからです。プルコギでのARATAさんは、まさにあのピンポンを踏襲しているキャラで、堪能いたしました♪ ふふ☆

 また、若干、映画の中にはうーんと疲れを感じてしまうキャラもおられたのですが、そんな中で田村高廣さんがよい味をだされておいでで、心にしみました。

 映画の最後の最後。エンディングロールのあとにでてくる一言が、とてもよかったです。ぜひ席を立たれずに、そこまで見ていかれてほしいと思います。

 映画を見終わって、映画館そばの駅のホームにたつと、すぐそこに、映画でこれでもかこれでもかとでてきた橋がすぐすこに見えます。この駅のホームから歩いてすぐそこに、あの焼肉屋さんもある… それどころか、たぶんあのシーンは、あの映画館の駐車場のはず…などと思うのもとても不思議でした。

 東京など、ロケの多いところのかたでは、そんなことが多すぎて気にされないのかもしれませんが、地方人にとってはうれしい感覚でした。

 ご当地映画…って、こんな気持ちになれるものなのだなぁ…と思った次第です。

 以前にもたまたまロケにいきあわせたことがあるのですが、そういう記憶もよみがえってきました。そのお話はまたいつか別の項で…。

 

 …北九州の味がして、おいしいっちゃ☆ ムービーでした。

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【読書】ザ・ギバー 記憶を伝える者

 あるかたから薦められてお借りして、ページをめくりだすととまらなくなっていっきに読んでしまいました。ユートピア世界の理想とそこに秘められた罠?に少年が向き合っていくおはなしです。

 ストーリーを簡単に書きますと…。

 すべてが計画され、平和と快適さを得た社会。苦痛や悩みのないユートピア。その社会では12歳になると、長老会議が決定した進路に進むように決められていました。あるものは、老人介護にあたり、またあるものは医者になり、あるものはエンジニアに。そして、あるものは”子どもを産む”係りに。

 そういう中で、<記憶を受けつぐ者>に選ばれた少年ジョーナスは、記憶を伝える者ザ・ギバーから、記憶をひきついでいきます。その記憶とは、ユートピアであるこの世界が”選択しなかったもので、ただ特定の人の記憶の中で、保存だけされているものをひきついでいくもの”。

 この社会のほかのひとが知りえないことを知り、伝える立場となりました。ほっとするような幸せもあれば、また、この社会では考えられない苦痛もまたあるのです。

 それまでは理想の中で生きてきたジョーナスは、やがてそこに暮らす人々が失ってしまったものに気がつきます。また、その世界での安定をある意味では完璧にコントロールしていた”リリース”とはいかなるものかを知ったとき、彼の中ではおさえきれない感情がめばえます。

 

 …中学生向きの書籍シリーズの一冊なのかもしれませんが、とてもよく描けていて、考えさせられる本でした。事前情報なしで、このタイトルを目にしたとき、ザ・ギバーとは、表紙の長いひげをたずさえた男性の絵からのイメージとあわさって、なんだかサイババのような隠者と思っていました。実際、長老としてそれに近いものはあるのですが、英語で書くと、”The Giver”。 与えるものというイメージのほうが強いでしょうか。

 確かにこの本のラストに近いところで、ジョーナスが与えられたものの意味が光ってきます。人として生きていると、社会の中でいろいろなことがあります。よいことばかりではなく痛みも悲しみも苦しみも。

 毎年恒例となってきましたサラリーマン川柳もあります。映画では、ロッキー・ザ・ファイナルを見ました。実際の生活でもあれこれとあります。難しいこと、しんどいことはいっぱいです。でもそれらがなにもない世界なんて、またなんと色褪せた世界であることか・・・。それにはっと気がつかされる本でした。

 中学生くらいの人にもちろん読んでもらいたいと思いましたし、大人も、ぜひ…にと。おすすめくださったかたに感謝しています。

 ロイス・ローリー著 掛川恭子訳 講談社刊

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【映画】ロッキー&The Best Year of My Life

   未見だった”ロッキー”を”見た”気分に錯覚させてくれていたものは、あまりに有名なテーマ曲や、いたるところでみかけるポスター… それに実は私の場合、どこかシルベスタ・スタローンさんに顔が似ている友人がいるから… かもしれません。

 でも、それと別に、オフコースのビデオ ”The Best Year of My Life”の印象が強かったこともあるとは、ロッキー・ザ・ファイナルを鑑賞したときの感想にも書きました。

 これは、オフコースの同名のアルバムから想起された?短編映画で、私はオフコース好きの友人に教えられて、レンタルして最初に手にしました。でも、見てみるとそれがとても気持ちよく心にしみましたので、結局その後かなりたって、買ってしまっておりました。

 ”ロッキー・ザ・ファイナル”を鑑賞したのち、あわてて、また鑑賞してみたのですが、少なくともプロモーション映像としてはなかなか…のものだと改めて思いました。

 時はかなり昔です。5人になったあと、鈴木康博さんがぬけた直後くらいではないでしょうか。メンバーのひとり(清水さん)が、人生のやり直しをかけて、ボクシングの試合にのぞみ、それを高木沙耶さん演じる彼女が支え…というストーリーです。

 音楽こそ、オフコースの「緑の日々」ですが、部屋にはロッキーのポスター。飲むのはコップにわられたいくつもの生卵、そして、ジョギングシーンででてくるのは、フィラデルフィア美術館ならぬ東京絵画館。

 ボクシングのコーチ役には、あの名コーチといわれたエディ・タウンゼントさん本人がでてきます。違いは… スタローン氏とはまったく違う体と動きの主役だけ…? なのかもしれませんが、それでも熱演には違いありません。

 ちなみに、今回映画とこのビデオをみて、ふっと比べてしまったのが、”The Best Year of My Life”というタイトルです。 歌詞の中では、この前に ”May be”がつくのですが、こういう言葉って、人生の中のいつ、口にしたくなる言葉なのかなぁと考えしてまいました。

 私はロッキーを、今回のファイナル以外見ていないのですが、以前にこういう言葉がでてくるのでしょうか…。

 私は自分で願わくば、人生の最後の年に口にしたい気がしました。

 …それにしても思いがけないところから久々にオフコースを聴きたくなってしまいました。…

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【映画】バベル(感想その2)

  「バベル」について、鑑賞直後に感想はアップしたものの、いまだにじわーっと効いてくるものがあります。

 この映画で興味深かったのは、計画されすぎない撮影の妙味からくるもの?です。そこに”にじみでる気持ち”と”語られすぎない”のバランスがあり、それこそがバベルの一連の解釈に通じるのかもしれないと思いました。

 メキシコの結婚披露宴では、エキストラの人にはどんな指示がでていたのかな?と思うほど、普通の映画の結婚披露宴とは違うランダムさ?のようなものがありました。ラテン系の結婚披露宴では、たとえば、昔、ゴッドファーザーで見たようなイメージがあったのですが、まぁドン・コルレオーネー家と、メキシコの普通のカップルではいろいろと違うのかもしれないにせよ、そのまんま?に近いところからくるものが伝わってきました。だからこそ、アメリカからきた二人の子供たちはああいう反応をしたのだろうと思ったり。

 また、モロッコでは、けがをして運び込まれた先での村人たちの興味津々な、でもどこか節度もある遠目からの見方が印象的でした。ここでの撮影では、現地の人にでてもらったとのことで、その自然な”遠くからの好奇心”は、まさにこの映画の撮影自体にもむけられたものかもしれないと思いました。

 日本でのシーンも、なぜかそれと違った遠さを感じていたのです。日本というのは、とにかくモロッコやメキシコと対照をなすように期待されて選ばれた場所のはず。それなのに、どこか計画されきれない、日本らしくないものを感じました。撮影は、許可がおりず、ゲリラ的なものであり、セリフもまた、役所広司さんの感性によって変更されたりもしたというのは、映画を鑑賞し終えたあとにパンフレットで知った情報です。

 考えてみると、メキシコではともかく、モロッコでも日本でも、言葉はメインスタッフには不可解でわからなかったはず。通訳をかいしてのものでは、やはりロスト・イン・トランスレーション感があり、そこに空虚と感じる部分をひきおこすもとがあったのかもしれません。

 結局、人の気持ちというのは、計算されてのことではなく、またたとえ計算づくで考えようとしてもそのとおりに流れるものでもありません。

 また、言葉というのは、そこにそれがあれば万能というわけではなく、共通する言葉がそこにあっても、伝えあえないものもあるわけです。

 計画はされてもそれどおりにはいかない。言葉があっても通じ合えない。それは、もしかしたら、神がバベルの塔での言葉の混乱を生じさせる以前から人の世にあったもの。

 だからこそ真のバベルの塔の意味というのは、”それでもなおわかりあえない心”と、”それでもなお通じ合える心”にあるのだと思いました。

 ネタばれになりますので、詳しくは書きませんが、東京の高層マンションのベランダでの役所広司さんと、菊池凛子さんのシーンでは、このあとに何の言葉が来るのだろうと一番ハラハラしたシーンでした。

 人が言葉を使うということ… その意味を考えさせられる映画でした。

  映画を見終わって、やっぱり、話したい。人とつながっていたい…と思いました。どこかでそう思える感覚があるかぎり、人はバベルを超えられるのかもしれません。

 

  (なお、映画バベル、鑑賞直後の感想は5月6日の日記のところを見ていただければ幸いです。)

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【映画】ロッキー・ザ・ファイナル

 実は”ロッキー”シリーズの映画を見たのはこれが初めてでした。テレビで放映されたときに、10分やそこらはたまたま目にしていたことがあったのですが、通してみたことは一編たりともなく。それでも、あのテーマ曲とボクシング姿のポスターと耳に入る話だけでイメージができていました。

 また、ずいぶん昔のオフ・コースのビデオで”Movie the Best year of my life"というものの”緑の日々”という曲のプロモーションムービーが、まさにこのロッキーのイメージで作られていて(これについては別記します)、それでイメージができていたのかもしれません。

 とにもかくにも、ロッキー・ザ・ファイナルが、私にとっての、ロッキー・ザ・ファーストだったのです。最近公開のスパイダーマンにしても、いろいろと、”シリーズもの”の映画がありますが、本来は、その映画だけを見た人も理解し味わうことできる…つまりそれぞれの映画が独立しても歩いていける…ことが映画の条件だと思いますので、そんな意味では、このロッキー・ザ・ファイナルにとって、私のような過去作未見の観客というのも貴重?かもと思いました。(ティーンエイジャーといった映画をみはじめたというばかりの年齢ではなく、それなりですし…)

 今回のロッキー。何も知らないで見ても、これが過去のお話をなぞっていっていると思う場面はわかりました。奥さんとのこと、義兄さんとのこと、過去の栄光と挫折、生卵、美術館前のシーン…。そして、パートナーとなる犬。

 きっとここに過去につながる何かあるのだろう…と察することは容易にでき、また、”間違っているかもしれないけれど”自分なりに過去のストーリーを組み立てていくこともできました。ただ、何分、観てきたわけではないのに、すべてがセピア色で、どこかぼやっとしたイメージでしたが。

 そして、その上で、今回のストーリーがあるわけです。シンプルといえば非常にシンプルなストーリーながら、そのシンプルさに、飾らないロッキーのそのままの生きざまがでているようで非常に好感を持ちました。かつてのチャンピオン。いまは、亡き妻の名前のレストランで、客相手に昔話を語る。

 …かつて助けたことがある少女が成長して目の前に偶然あらわれて、彼女を気にかけるにも実直な距離感があり、また、偉大な父を持つことに苦悩する息子に対しても、そのままに父親としての真情で向き合っていき、過去の対戦相手に対しても敬意を忘れず、とにかく善い人…であるロッキーの生きざまは、静かに心に沁み入り、それだからでしょう。彼が語る言葉は、期せずしてストレートのカウンターフック?のように心に効きました。

 ”挑戦しようとする人間を止める権利が誰にあるんだ”

 ”自分の弱さを人のせいにするな。”

 …びっくりしたのは、主演のシルベスタ・スタローン氏の肉体が非常にみごとに作られていることでした。年齢にはちょっと不自然なほどの筋肉は、トレーニングを重ねることによって作られたのでしょう。(ネットで読むところによりますと、危険をおかして、増強剤のようなものも使用しているかもとのことですが)

 最近、戦争映画で飢餓や不十分な栄養状態が十分に想定される時代のシーンであっても、登場人物さんたちがまるまるとされているのをみて興ざめすることが続いていたので、その逆を行くこの映画は、トム・ハンクス氏の”キャスト・アウェイ”を見たときと同じようにその体からはじまる役作りに感動しました。

 小手先のことではなく、真実の感動は、真摯な努力の先にあるのだということを映画全体から表現しようとしているからこそ、この映画が忘れ難い爽やかさを持っておわったのだと思いました。まばゆいばかりのリングの上でのことが、しっかりと地に足がついたものであったことは、まさにここに、ロッキーの人生そのものが真摯なものであったと伝わったからでしょう。

 この映画の原題は、"ROCKY BALBOA"

  なにせ事前の予備知識がなかったので、最初は何かわからなかったのですが、"BALBOA"とは、ロッキーの姓。いわば、これは”山田太郎”というような、そのものずばりの人の名前がタイトルになっているわけで、そこに、この映画が、等身大でひとりの人間の生きざまをあらわそうとしているということがあらわれていました。

 最初に聞くものにはちんぷんかんぷんな”山田太郎”であっても、この映画は、原題のままがよかったかもしれないと思いました。

 …要領の悪い自分。自分以上にはなれない自分。周囲で、立ち回りの上手な人が得をしている光景をみると、思わずうらやましいと思ってしまう自分。でも、じゃぁそれができるかといえばできない自分。自分に自信がなくなりそうになるときに、逃げてしまいたくなる自分。そんな自分にロッキーの言葉は本当に効きました。(映画未見のかたには、その場で味わっていただきたいので、あえてここには書きませんが、ロッキーが息子に語る場面でのセリフです)

 ボクシングのような痛い映画は苦手だから・・・とこれまで逃げていたのですが、ここでこれを見ることができて本当によかったです。気持ちよく、ストレートが入ってノックアウトされました。

 でかけた映画館では、上映はあと1週間で終わり…でした。もし未見のかたで、映画館に行かれる時間があるかたにはおすすめしたいと思います。

 長くなりましたので、オフコースのビデオのことは、項をあらためまして、また書きます。

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【読書】絆

 先日読んだ、「父からの手紙」がよかったので、同じ著者の作品を読んでみたくなりました。小杉健治氏著のリーガル・サスペンス。

 夫殺しの罪で起訴された美貌の妻は、事実関係を全面的に認めていたのですが、弁護人は、彼女の無実を主張。被告は有罪を認め、弁護人は無罪を主張する…という異常な法廷では、証言と証拠から、真実が明らかになっていきます。被告人は、なぜ、有罪を認めているのか?そこに隠されたものは何か?

 美貌の被告の若き日を知る法廷記者も、過去と現在それぞれに揺れる心を持ち、法廷でのことを自分にフィードバックさせていきます。

 第41回日本推理作家協会賞長編賞受賞…とのこと。安定した筆致で、すーっと読め、あっというまに読了しました。過剰なな表現はなく、余計な描写はそぎ落とし、また理路整然と進んでいく納得の本で、私は好感を持ちました。

 登場人物像が、「父からの手紙」に共通している点が多く、市井の善人にあたたかな視線がむけられていると感じました。

 内包するテーマは重いのですが、それをも重くなり過ぎずに、あたたかな視線をつねにむけて、おもいやりのある言葉で書かれているため、読む者もやわらかで優しい気持になってそのテーマにむきあっていけます。

 まだ、この著者の本を2作しか読んでいませんが、著者の“お人柄”を感じました。(勝手な想像ながら)

 初版は綾辻行人氏の「十角館の殺人」と同年に刊行された本だとか。ひねりを感じる綾辻氏の本とは、トーンは対照的ですが、理を持ってあらわしていくところに共通点があるのかもしれません。

 すーっと読めて、気持ちよくなることができた、納得の法廷小説でした。

 「絆」 小杉健治氏著  双葉文庫

 

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【読書】若き数学者のアメリカ

 …昨日の茂木健一郎氏のお話の中で、数学者・藤原正彦氏のお話がありました。”国家の品格”から藤原氏の本を読まれたというかたも多いと思いますが、もとは、数学者である藤原正彦氏。今日は、たいして予定がないので、10時間くらい、数学の問題に取り組めるなぁ…と思われる日はとても幸せなのだとか。

 …数学の問題に取り組むなんて、5分でもとんでもない…という人も多いかもしれませんが、要は、自分が好きなことを考えるとき、知るときはすごく脳が楽しいという例としてこのお話をあげられておいででした。

  私にとっては、藤原氏の本との出会いは、「若き数学者のアメリカ」という、藤原氏がアメリカに留学されたときの体験を書かれた本でした。

 動物の赤ちゃんが、最初に見た動物をお母さんと認識する…というものとはまったく違うとは思いますが、自分にとって、ある作家の本で一番最初に出会った本が、その作家のイメージとなることが多い気がします。

 脳に一番最初に刷り込まれてしまうのでしょうか…。そういう意味で、私にとっては藤原正彦氏は、若き数学者のアメリカの世界のかたなのです。とりわけ、この本の中に”水平線”に関することがでてきます。その場面がとても印象に残っていて、それが以後、どの本を読んでも、”著者”のイメージとしての根底にあります。原点といえるのかもしれません。

 今日は自分の心の中でともる赤信号が見えた日。

 ではどの道に…と迷うときには、自分の中の原点を探しに戻るしかないのだなぁと思います。もう若くはないし、数学者でもないし、アメリカにいるわけでもないけれど、ふっとこの本の中に、原点探しのヒントを得たくなって、また今、手にとろうとしています。

 

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人は変わる ~茂木健一郎氏のおはなしより~

 大型連休明けを、脳科学者 茂木健一郎先生の講演を聴くことからスタートできて、とてもラッキーでした。

 茂木健一郎氏といえば、こちらにも書いた「てんとう虫5月号」でも脳のおはなしや茂木氏の対談を読んだばかり。でも、脳のことは、どこか遠い神秘の科学のようにも感じていたのです。

 けれども、今日のお話は、メインの聴講者が大学3年生ということもあってか、脳で起こることと人生の歩み方の関連が、具体的に示されていて、”はるか昔の大学3年生”の自分にとっても、来し方行く末の自分自身の生き方にフィードバックできる内容で、自分を見つめなおすよい時間となりました。

 たとえば、「不確実性への適応戦略として、消極的なもの(不安、忌避)と積極的なもの(希望、risk taking)がある。積極的に適応するためには、安全基地の存在が必要。」というお話から、自分がなぜ少し前まで、「石橋を叩いて、叩き壊すほどに叩いて、渡れなくなる。渡らない」ほどに消極的にしか動けなかったのか。それなのに、なぜここにきて、リスクをとりながら積極的に動こうとしはじめたのか…と考えていくことから、自分の安全基地とは…と、考えさせられました。

 また、

 ・Serendipity (偶然幸運に出会う能力)では、とりあえず目的をたてて動いていることが、そういうことに出会うかもしれないためにひつようであるということ。

 ・個人と組織の関わりあいかたとして、affiliateしているだけだと、個人も組織もともに輝けるということ。

 ・どこまでいっても次に学ぶことがあるOpen-endedness 性

 などのおはなしは、ここで短く書ききれないほど、ふみゅふみゅと自分についても思うところがありました。  

 なんといっても、一番、頭(脳?)を大きく思わず上下に振ってしまいたくなったのが”学ぶこと以上の楽しみはない♪”というお言葉でした。 …まだまだ知りたいこと、学びたいことがいっぱいある自分は、これからもいっぱい人生を楽しんでいくことができるわけです♪ そう思うと、人生で退屈の心配をしなくて済みますし、とても幸せになれました。

 「デート」がなぜ楽しいか・・・それも学ぶ&知るプロセスだから・・・というお話には眼が点になる思いでしたが、なるほどと納得。(だからこそ、紫式部の源氏物語は、人類の普遍のものとして今の世にまで残るのですね・・・)

 

 ご講演のあと、思いきって、ご著書にサインをお願いしましたら、リンゴの木の絵と"fruit of wisdom"という言葉を書いてくださいました。この言葉から想起すること大です。もっともっとリンゴがほしいと素直に?思いました。

 不確実性から、ともすればネガティブになったり自信を失って落ち込むこともあるのですが、今日いただいた元気を忘れずに、また頑張りましょう。今度出されたばかりとの”フューチャリスト宣言”という本もぜひ読んでみようと思います。 

 この講演会を教えてくださって、誘ってくださったかたに心から感謝しています。

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【映画】バベル

 「バベル」鑑賞。ネットでの賛否両論の感想を目にし、一抹の危惧も抱いていたのですが、良い意味ですっぽり想定をはずされた作品でした。

 1時間半前に見終えて、帰りの電車でパンフレットを読み、駅からの帰路もずっと反芻していたのですが、あまりに書きたいことが多くて、まとまりません。以前、書いていたホームページでは長く長く書いていましたが、なんとなくブログって、ながく書いていいのかな…なんて勝手に自縛してしまって。もしかしたら、しばらく、何回か、あれこれと書いてしまうかもしれません。

 …天まで届く塔…バベルの塔…を作ろうとした人間の傲慢に対して、神が下した罰は、互いの言葉が聞き分けられないように言葉を混乱させてしまうこと。

 旧約聖書にでてくる話と、これをもとに描かれたブリューゲルの絵はとても有名です。それだけに、この「バベル」というタイトルをきいたときには、人々の意志の疎通に問題が生じ、通じ合えない心が悲しみを作り出すドラマ…だと思っていました。ネットなどで、ネタばれなしに書かれていたストーリーを読んでも、言葉が通じない異国での困難、耳が不自由なためにつうじあえない心…とかそういう部分が書かれていて、とても辛い気持で終わる映画なのではないかと不安に思っていました。(それは、ブラッド・ピッド氏主演の「セブン」のトラウマなのかもしれませんが・・・)

 でも、イニヤリトゥ監督の言葉(パンフレットから引用)

 ”一番よかったのは、人を隔てる壁について撮り始めたのに、人と人とを結びつけるものについての映画に変ったことだ”

 …が、端的にこの映画を表しているように非常に救いのある映画であったことが、とても嬉しかったです。キャスト、シナリオ、映像、音楽… すべてがそれを作り上げていく上でのよい仕事をしていたからこそ、そういう救いをそのままに受け止められるのだと思いました。

 キャストでいえば、ブラッド・ピッド氏の抑えかた、ケイト・ブランシェットさんの表情での語り、菊池凛子さんの力をだしきった挑戦、短いシーンでも味を出す役所広司氏、なんとも存在感がある善良な肝っ玉かあさんのアドリア・バラッザさん、それから見事なバランスで智と情を演じた二階堂智さん、…さらに、モロッコのこどもたちもお父さんも、ガイドさんも、みんな素晴らしい存在感がありました。

 …印象に残ったセリフもいくつかります。

 ”いいえ、私が悪い人間じゃない。愚かなことをしただけ…” 

 が、一番はっとしたセリフでしたが、もうひとつ、オリジナルのシナリオでは、”愛してるよ”だったセリフが、”気をつけて”と、演じる人の意見で変わったというシーンなど、とてもよかったと思います。(未見のかたのために、誰がどうのとの情景は書きませんが、ご覧になられるときに、はっとしていただけるかも…)

 映像と音楽もとてもよくあっていました。東京の高層マンションからみる夜景のシーンをみながら、まさにここが現代のバベルの塔なのだなぁとしみじみと思えましたし、魂にうったえらえるような強いリズムが、心に響く場面もありました。東京、モロッコ、メキシコ…それぞれの場面にあった音楽でもあり、とてもよかったと思います。砂漠のシーンでは、昔見た、”眼には眼を”という映画を思い出し、またあの映画を見たくなりました。

  点滅が多く、気分が悪くなるかもしれないシーンがあるとはきいていましたので、私もそういうシーンではしばし、視線をほかに向けたりしてかわしました。本当は瞬時たりとも眼をそむけたくない映画でしたので、その点、残念なのですが…。

 

 言葉って何だろう…。何のためにあるのだろう…。と、上映中からずっと考えていて、いまだにまだ自分の中では答えがでていません。ただ、「自分をわかってほしくて、語るために、伝えるために、言葉がある」と最初は思っていたのですが、映画を見終わって最初に思ったのは、「言葉は、”確かめるために”あるのかもしれない」ということでした。

 人は一人では生きていけなくて、誰かが自分のことを気にかけてくれていることを確かめたいときに必要なのではないかと。

 だから、言葉がない凛子さんは、必死に言葉以外の方法で、”確かめよう”としていたのではないかと思いました。歯医者さんにも、刑事さんにも・・・。

 私も、”確かめたく”なりました。

 映画館をでて、誰かに電話したくなる映画でした。

 映画館にて鑑賞。

 

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【雑誌】てんとう虫と南極と錯視

 …「てんとう虫5月号」。久々に充実している雑誌にめぐりあえて嬉しく思っています。充実…というのは、あくまでも私の興味のアンテナとあった…というだけなのですが。(また、おまけ?で送られてくる感覚ゆえのお得感もあってのことかもしれませんが・・・)

 特集はふたつ。まず、南極の特集では大陸クルーズ船ディスカバリー号の紹介が。なんとこの船がアメリカのテレビ番組「ラブボート」の舞台だったとは知りませんでした。その昔、深夜に放送されていたラブ・ボート… 船医さんが大好きで楽しみに見ていました。

 この南極クルーズでは、南極に関する講座も開かれ、日本語通訳のかたもおられるとか。いつかいつか…と、また夢がひとつできた気分です。

 また、「脳」についての特集も。今、脳科学者、茂木健一郎氏の本を読んでいたりして、ちょうど興味を持っていたところなので、まさにキンコン♪とページを開いてびっくりしました。脳についてのいろいろな蘊蓄あり、茂木氏と赤瀬原平氏の対談もあり。

 対談の中の茂木氏の言葉にこんなものがありました。

 …”人間の脳って、一生学び続けるんです。子供のような好奇心で学ぶことを忘れなければ、脳にワクワクが保たれる。…” 

 ワクワクを保とう♪と、妙に元気になれました。

 また、この特集の中で、すごい錯視をひきおこす”てんとう虫の回転”なる絵も発見。(40ページ)その他のページにも藤原定家氏、児玉清氏のことや、味わいのある鞄のことなどいろいろです。

 一般の書店ではみかけた記憶がないのですが、UCカードと提携している金融機関(都市銀行系に多いです)の待合にはたいていおいてあると思いますので、連休明けに銀行に行かれる用事があるときは、手にとられてみて…とおすすめしたいです。とりわけ40ページのてんとう虫の絵は、なぜにこんなに?? と、不思議でしかたありませんから・・・。

 …毎月、おもしろいところを切り取って(何ページもごっそりと破って…)そこだけとっているのですが、今月号は、このまま、夢がはたせる日まで?保存しようかと思っています。

 

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八人目の総理 晋ちゃんまんじゅう

 連休でひさびさに山口県にでかけました。

 そこでみつけたのが、「晋ちゃん応援まんじゅう 山口県が生んだ八人目の総理」です。(写真)005

…昭恵夫人と手をつながれたかのかたが「美しい県 山口へ」と旗をふっておいでです。

 パッケージには、山口県の歴代総理大臣一覧も。伊藤博文、山縣有朋、桂太郎、寺内正毅、田中義一、岸信介、佐藤栄作、そして阿倍晋三(敬称略)…。家系図まででているのですが、牛尾治朗氏の名もその中にみつけ、びっくりしました。こんなところでつながっておられたとは…。

 中身は黒ゴマきな粉饅頭…。その関係がわかったようなわからないような…。

 高速道路のサービス・エリアのお土産物屋さんには、その他にも、宮崎県知事キャラのお菓子はじめ、いろいろな政治家諸氏のお菓子がありました。昔はご当地キティちゃんかご当地ドラえもんくらいだったのに、いまどきはそんな時代になったのですね…。

 山口県は、自分にとっては心のふるさと?のようなところなので、思わず、この晋ちゃんまんじゅうだけは買ってしまいました。

 山口県の道路は、とてもよく整備されていると、数十年前から言われておりました。”山陰本線”は”本線”でも単線で特急も少なく不便なのですが、道路だけは本当に田舎に至るまで、まるで高速道路状態。(もちろん渋滞なきすいすい高速道路) 

 ”おいでませ山口へ。”

 楽しかった一日に感謝して、ちょっぴり勝手に観光誘致?しましょ♪

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【読書?】名探偵コナン コナンからの挑戦状!!2

 時間調整で入ったコンビニで思わず買ってしまいました。

 ”名探偵コナン” コナンからの挑戦状!! 2” 

 これまでにコミックで発表されているお話を事件編と解決編にわけ分冊しているところがミソで、しかも解決編には、どんなところに着目したかをチェックすることで、自分の探偵度?がわかるというしくみです。子供のころ、よく手にしていた”名探偵に挑戦”といった本を久々に手にした気分です。ここ何年と、もうTVやコミックをみることはなく、コナンくんとは年に一度、春の逢瀬?でしたので、新鮮な気分にもひたっています。

 電車の中では読みにくかったので、家に戻ってごろごろと。事件編と解決編を交互に読んでいく必要があるので、やっぱりこれは、おうち読み…でしょう。犯人は、けっこうわかるのですが、それでも“動機”に意外性があるのがこのシリーズのおもしろいところなのだろうなぁと思いました。

 実際の少年犯罪に関するもので重すぎるルポルタージュを読み、気持ちがつかれたあとなので、(この子たち、こんなに事件に関与して、トラウマにならないの?…)と、ちょっと心配になったり。(変ですね・・・)

 コナンくんはいつになったら大きくなるのでしょう…。この前、映画館でハリーポッターの新作の予告編を見て、ハリーたちの成長にびっくりしたばかりなので、ふとそんなことも考えてしまいました。

 それにしても、少年サンデーに連載されたものが、単行本になり、TVでも放映され、映画にも波及し、さらにこういうふうに編集されていく…。環境問題研究家もびっくりするほどのリユースぶりです。すごいです…。

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