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2007年4月

【映画】ハンニバル

 先週のことでしたかテレビで「ハンニバル」が放送されていたのですが、テレビ放送ということで、当然CMを入りますし、カットされているシーンもあったりで、なんとなく消化不良感覚になっていて、とうとう、DVDを買ってしまいました。

 ”ハンニバル・ライジング”公開記念特別価格で、16ページ解説書つきというお得なものをみかけましたので。リドリー・スコット監督によるオーディオ・コメンタリーなどもぜひ聴いてみたいと思うのですが、まずは、一番見たかったシーン、フィレンツエでのオペラの一連のシーン(フィレンツェの街の遠景から、オペラ終了まで)を、何度も見て、しばしは幸せにひたっておりました。このオペラはこの作品のためのオリジナル。そのせいでしょうか、すべてが、しっくりとはまるべきところにはまっている気がしました。

 映画全体でいえば、それなりに不満が残り、特に原作で感じたレクター博士とクラリス捜査官との心の織りなし方が描かれていないところが残念だったのですが、少なくともこのフィレンツェのシーンは、自分の中での忘れられない場面のひとつとして、ずっと記憶にとどまりそうです。

 フィレンツェを訪れたときに感じた、”あの街の空気”が、あのオペラの音楽で始まる遠景のシーンと、そのあとひとりたたずむパッツィ刑事…で表現されていました。静謐にして永遠…とでもいうのでしょうか…。

 あらためて見てみますと、パッツィ刑事を演じているジャンカルロ・ジャンニーニ氏の味わいがすごく素敵です。なぜ彼があのような行動をとったか、それがまなざしからわかるのだと今度見直していて感じました。

 公開時は猟奇的な最後のほうのシーンばかりに注目がいっていた気がしましたが、こんなに光景と音楽と、まなざしが記憶に残る映画だったとは…。

 ハンニバル・ライジングの公開を機に、それに気がつくことができてよかったです。サントラ盤を今探しているのですが、なかなかなくて残念です。これも再発売になってくれますようにと願うことしきりです。

 

 今日は所用で空港にでかけ、ついでに足湯を楽しみました。(空港にこんなくつろぎ?系の楽しみがあるのもローカルならばこそ…)。でも、空港に行くと、やっぱりどこかに飛んでいきたくなります。 

 

 

 

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【映画】名探偵コナン 紺碧の棺(ジョリー・ロジャー)

 

 名探偵コナンの劇場公開版映画は、毎年春の秘かな?楽しみです。

 子ども向きの映画?であるはずなのに、なぜかいろいろと想起されるものがあって、子どもでなくても楽しめてしまいます。しかも、大部分の大人向き?の映画よりは、ずっと素直に作られていて、何も構えることなく見ることができるので、今年も楽しみにでかけました。(レイトショーでは、同じように思って見に来られているのかな…という人が存外にいっぱい)

 ただ、今回の「名探偵コナン 紺碧の棺(ジョリー・ロジャー)」は、これまでの劇場版の映画に比べると設定、想定、えとせとら、全部が小粒だと感じました。ちょっと素直すぎ?なのかもしれません。

 今回のストーリーは、コナンたち子ども一行と、引率者役の大人という例のメンバーが神海島というところにでかけ、そこで、ミステリーツアーとマリンレジャーを楽しもうとするのですが、そこに、海賊の宝を探しにきたトレジャー・ハンターといわれる3人組の男もあらわれ、島にいる海賊の宝を守ろうとするたちもからんで、さてコナンたちは・・・ というもの。カリブの女海賊二人組の伝説がベースになります。

 …最初の十分くらいで、この映画の中での役割がみんなわかってしまうのです。つまりすごく素直に第一印象からすべての想像がつき、裏切られないのです…。もっとも第一印象をどうとるかは人それぞれなので、これはあくまでも私の感想にすぎないのですが。

 また、いろいろな登場人物たちの場面からの消え方?が、あまりにあっけなくて、「え? それであの人は?」と思ってしまったのも、ちょっと目の大きなザルで海水をすくっているようで残念でした。

 でも、2時間があっというまで、ちゃんとそれなりに安心してハラハラはできました。見ながら思い出したのは、「刑事コロンボ 歌声が消えた海」(指紋鑑識のところで。方法は違うのですが)、それからもちろん海賊つながりで「パイレーツ・オブ・カビリアン」。それから、私がはっとしたのは、最後のほうで、ストックホルムにある「ヴァーサ・ミュージアム」というところの映像がでてきたことでした。ここは、ヴァーサ号という、処女航海でストックホルムの港に沈んでしまった船をひきあげてそのまま保存している博物館なのですが、今回の船のイメージはまさにこれに通じているなぁと思って見ていましたら、最後にミュージアム内部の写真がでてびっくりしました。

 エンディングのスクロールにはそんな記述がなかったので、ちょっと心もとない情報なのですが、昨年夏に行って見てきたばかりなので、ふみゅみゅと思わず反応してしまいました。

 あとは、今回は、博士のダジャレがいまひとつで、新しい道具もいまひとつ。でもすべてそういうお決まりがおさまっていることが、見ているものの安心につながったのかもしれません。エンドロールがはじまっても、誰一人席をたつ人はいなかったのは、そのあとにまたお決まりのものがあるとちゃんとわかっているからでしょう。

 私にしては、少し新鮮味にはかけ、スケールの小ささが気にはなりましたが、またたぶん来年も、この季節に、ほっとしに観にでかけるでしょう。今年は、帰りにこれまでの作品と比べてしまって、昔はすごかった…と思ってしまいましたが、また来年もあるということで、期待したいと思います。

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【映画】ラブソングができるまで

 

 「ノッティングヒルの恋人」「ラブ・アクチュアリー」と同じように素直に心があたたかく動くストレートな作品にまた出会うことができました。ヒュー・グラントさん&ドリュー・バリュモアさん主演による「ラブソングができるまで」です。

ストーリーをさわりだけちょっと書きますと…

80年代に大ヒットしたポップグループ「POP!」の二人のボーカリストのうち、ひとりはグループ解散後も順調路線を歩みますが、もうひとりのアレックス(ヒュー・グラント)は”過去の人”になってしまいます。

 TVで歌うことなどかなわず、いわば“どさまわり”のように、80年代を懐かしむ同窓会などで歌い、踊るだけです。そんな彼が、突然“昔からあなたのファンでした”という今をときめくカリスマ歌姫コーラ(ヘイリー・ベネット)の歌を制作するコンペに参加することになりました。でも、ライバルは7名。曲のタイトルは”愛に戻る道(Way Back Into Love)と指定され、締切までもごくわずか。マネージャー(ブラッド・ギャレッド)に背中をおされて曲つくりに入るのですが、ひょんなことからそこにやってきた”植木手入れ人”ソフィー(ドリュー・バリュモア)と出会い彼女が作詞を担当することになり、二人による曲つくりがはじまります。

 ただ、やがてわかってくるのは、アレックスもソフィーもそれぞれに過去の経験に傷ついていて、それをこえることが曲が作れることへの道にもなっていきます。

 …と、ここまでのストーリーで映画の30分ぶんくらいではないでしょうか。映画を見ているあいだは全く時間のことを考えませんでした。非常によく書かれている脚本で、好対照の二人の心のあやを、ちょっとせつなくもなるような80年代ポップスの歌と踊り、そして、大じかけで摩訶不思議な現代の歌姫の世界で包み込んでいきます。

 思わずふふっ☆と笑ってしまうようなセリフも適所にちりばめられていますし、主役の二人以外の登場人物が、またすべて、それぞれに味があるのです。細部にまで非常に気を配って作られているからこそ、110分くらいの時間をパーフェクトに楽しむことができたのだと思いました。

 

 以下数行は、ご覧になったかただけ読まれてください。ネタばれではないのですが、感想の核心?なので。反転させます。(マウスの左クリックをおされながら数行、すーっとたどっていただければ読んでいただけます。)

 私がこの映画と二人の曲に別のタイトルをつけるとしたら、「I need you」です。

 お互いが知り合い、認め合い、無意識の中で相手に力を与えていき、支えあっていくこと。そういう存在の人がいることが、前に歩いて行くための力になるのだとこの映画を見ながらしみじみと感じました。一番記憶に残ったセリフが、「I need you」で、それまでのふたりの痛々しい歩みをみているうちに、ビートルズの曲で、この言葉を3回続けて切なく歌う曲をふっと思い出してしまいました。あの曲の3回のせつなさがこの映画の二人の根底に流れていると感じました。でも、この映画では、それがさらっと流れていくので、1回きりのI need you. それもまたよい味だと思いました。

  (↑ここまで反転)

 現代の歌姫を演じたヘイリー・ベネットさんは、この映画が初の長編映画出演ということでしたが、美しい目にとてもひかれました。また、この映画の中で、ヒュー・グラントさんは、ピアノを弾き、歌うのですが、実は彼は全くそういう傾向をもっている人ではなく、この映画で猛特訓をうけて演じたとか。シニカル。でも、やることはやる…。そのヒュー・グラントさんとこの脚本・監督をされたマーク・ローレンス氏は、とにかくすごいと思いました。

 この映画の細部から想起した映画の本筋以外のことについては、またあらためて別のおはなしで書きたいと思います。

 GWに映画に…と思われたかた。粋であたたかな上質のラブコメとしておすすめです。

  

 

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【寓話】ちいさなせかい

 

 元気をもらった本があります。

 「ちいさなせかい」という、カエルくんのおはなしです。豆つぶほどの池が彼の世界のすべてだったのですが、ある日、カエルくんは気がつくのです。「ぼくはなんてちっぽけなんだ」と。

 それから、カエルくんは、大きな池を作ろうとします。でも地面をほって大きな池を作ろうとしても、その池にあるべき水はどうすればよいのでしょう?… それでもいったんは水を得たカエルくんですが、いろいろな困難な事態にまた直面します。だって、カエルくんはひとりで生きているのではなくて、周囲のいろいろな動物たちと関わっていきているのですから・・・。さて、困難に直面したとき、カエルくんはどうしていくのでしょう…。

 本の帯の言葉を一部次に引用します。

 「どこかでつまずき、途方に暮れる。捨てようと思えば捨てられる、

  続けようと思えば続けられる。

  僕というのは、そういうものかな。

  … 人生が面白くないとしたら、たぶん、それは自分のせいです」

  

  寓話って、すごいと思います。子どものころには単なる”絵本”だったイソップ物語にしても、大人になるとその話のひとつひとつが、胸にひびきます。この本も、やわらかな色づかいのあたたかな絵とともにあるカエルくんのおはなしが、自分の今のいろいろなことに心の中でリンクしていきます。

 同じ一冊の本を手にしても、読んだ人の心の中では別々の、そのひとだけのストーリーになっていくのだと感じます。

 

 この本は、あるかたにプレゼントしていただきました。郵便ポストに手紙が届くだけでもうれしいのに、これは突然の思いがけない素敵なプレゼントでした。一番近い本棚において、またいつでもふっと手にとれるようにしておきたいと思いました。

 「ちいさなせかい」  神岡 学さん作   サンマーク出版 

 …ちょっといろいろなことで煮詰まってしまっていましたので、今日はおもいきって映画で気分転換♪ … そんなふうに思えたのもこの本を読んだおかげです。見た映画はヒュー・グラントさんとドリュー・バリモアさん主演の「ラブソングができるまで」…です。この映画もとてもよかったです。ほっとあたたかな癒し系。…感想はまたあらためまして。

 寓話と映画。どこか通じるところがある、ふたつの世界でした。

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【読書】父からの手紙

 

 久々に、寸暇を惜しんで読んでしまった小説が「父からの手紙」です。

 思春期のころに突然両親が離婚することになり、突然父をなくしてしまった娘と息子。でも、彼らのもとには、毎年誕生日にはその父からの手紙は送られてきていました。時がたち、ある理由から、単に愛情云々ではない結婚を決意した娘は、その婚約者が事件に巻き込まれ、弟がその容疑者にされてしまい、お世話になった父の友人や家族にも困難がおこり、心労で母は倒れてしまいます。

 また、それとはまったく別のところで、殺人事件をおかして9年の刑を終えて出所したばかりの男のストーリーが進み、その男は、自分はなぜその殺人事件をおこしたのか…を探しているうちに、ある真実にたどりつきます。

 まったく別のところで流れていく2つのストーリーが、ある点で結ばれていくおもしろさとともに、きっちりと描かれた人物像で、いっきにひきこまれていきます。

 そして、ふたつの線があるところでまじわって、面になっていきますが、そこに感動と救いがあるおはなしになっています。

 いくつか突っ込みたいところはあります。たとえば、どう考えても模範囚で過ごしたと思われる彼がなぜ9年のフルタイムを刑務所ですごしたのか(これは勝手な想像ですが)。また、ふたつの線が交わる場面が多少強引な展開(ここは究極のネタばれになってしまいますので、ここでは書けません)にも思えること。でも、それらをも補ってなお、よかったと思える小説でした。

 最近、リリー・フランキー氏著の「東京タワー」に象徴されるような”オカン”や、昔ながらの”おふくろ”といった呼称で呼ばれることにふさわしい母親像がドラマなどでも登場してきていますが、この本は、まさに「おとうさん」と懐かしく呼びたい本だと思いました。

 話が進むにつれて明らかにされていく主要登場人部のキャラクターに好感を持て、救いがあることが何よりも気持ちよく胸を熱くできる小説になった理由だと思いました。

 メール時代にはないあたたかさがやはり手紙にはあります。その意味をまたあらためて感じた作品でもありました。

 「父からの手紙」  小杉健治    光文社文庫

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【音楽】ハンニバル&二人の絆

 

 映画「ハンニバル」で、とてもよかったと思ったのは、音楽でした。

 とても含みのある怖いシーンでも、それを包み込む荘厳な音楽で、そのシーンの印象をまったく変えていると思い、映画における音楽の効果を感じる作品だと思いました。この映画のために作られた曲(たとえばタイタニックなどで印象に残る曲)とは違い、クラシックの曲でまとめられているのが、ハンニバルのキャラクターにあっているのかと思いました。

 今回の「ハンニバル・ライジング」では、私の好きなバッハの曲が多用?されているように思ったのですが、映像とのクロスオーバー?としては、前作「ハンニバル」のほうが好きでした。

 ところで、先日、ふっとこのハンニバルのサウンドトラックを探したくなって、CDショップに行ったときに、そこで流れていた曲が、以前、あるドラマの挿入歌で聴いて以来、忘れられなくて探していた曲でした。ドラマで聴いてからのちも、どこかのBGMで何度も耳にはしていたのですが、タイトルなどを知ることはできませんでした。ところが今回は、なんといってもCDショップ。店員さんにおたずねすると、すぐにそのCDを教えていただけました。

 とても有名なバラードだと思うので、タイトルを書くと、「なんだぁ」と言われそうですが、やっと正体を知って?買うことができたその曲はシンプリー・レッドの「二人の絆」です。

 never never never というサビのところが印象的でした。オリジナルのタイトルは、"If you don't know me by now" 。歌詞を読んでいると、邦題の「二人の絆」というのは、あっているようであっていないような不思議な気がしましたが、何にしてもわかってよかったです。 ”Your Song FOREVER”というCDに入っていました。

 はじめて聴いたドラマの名前は、”天才少年ドギー・ハウザー”。そのドラマも、ずっともう一度見たいものです。

 …懐メロ…のおはなしでした。

 

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【映画】ハンニバル・ライジング

 

 「ハンニバル・ライジング」を鑑賞。

 レッドドラゴン、羊たちの沈黙、ハンニバル・・・というシリーズの続編?といわれていますが、時代が、ハンニバルの子供ころから青年期にかけてのこと。当然、アンソニー・ホプキンズ氏がハンニバル・レクターを演じられるわけはなく、主演は若いギャスパー・ウリエルに。

 子供の頃の思い出、とりわけ妹ミーシャのことが、彼のその後の人生に複雑にからんでいくことをあらわしたストーリーで、このミーシャと、彼の叔父の妻である日本人、レディ・ムラサキ(コン・リー)が彼の人生に大いなる影響を与えていったという他3作のための証明(?)映画。

 また、その復讐劇ぶりはさながら「ゴッド・ファーザー」かと思うほどでした。でも、でも・・・ この一作だけを取り出すと、映画としての評価はどうなるのだろうかと思ったり。

 あくまでも、あの上品で知性的で紳士でそれであってかつ…という、あの”レクター博士”のキャラクターが前3作であってこそ…のこの4作目かと思いました。巧みに描かれていますので、ハンニバルの心情は理解できるといえばできるのですが、その一方で、最初から最後まで思い込んだら一途というだけではない、別のもっと深く複雑なところも描いていてほしいと思いました。

 なぜハンニバル博士が、という食の部分のトラウマ、理由はわかっても、博士の人物像全体の形成過程については描かれきっていないと思いました。それがわからないとライジングにはならないのかな…と。

 なんとも不思議な日本描写も満開。この映画でも日本の女優さんは起用されず、コン・リーが起用されているというところからして、日本人が描く日本とはずれてしまうことは予想できたのですが・・・。

 原作を読んだときに感じたような霧の中の森のイメージとは少し違い、刑事の人物造形なども違っている気がしました。ハンニバルの叔父さんには会ってみたかったのですが残念ながら登場してきませんでした。(写真だけ…)

 さて、ハンニバルシリーズがここまできました。ジグソーパズルとして次に期待したいのはというと、やはり、あの熟成したレクター博士世代というのが個人的願望ですが、そういう続編はあるやなしや…。とにもかくにもトラウマの正体はわかりました。

 「バーイ」(日本語吹き替え版でのアンソニー・ホプキンス版ハンニバルの声の表情で・・)

 (映画館にて鑑賞)

 

 

 

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【読書】徳川将軍家15代のカルテ

 初代家康胃癌(75才)、二代秀忠胃癌(54才)、三代家光脳卒中(48才)、五代綱吉はしかによる窒息(64才)、六代家宣インフルエンザ(51才)…

 徳川将軍15代15人の死因を霊廟発掘された遺体や文献をもとに、ひろいだし、またそれぞれの将軍がどのような”健康生活”を心がけていたか、それから将軍家の人間として、世継問題には、どう対処していたのか…。

 歴史の教科書にはでてこない当時の生活・文化模様や思想などとともに、いろいろな角度から将軍として生きた15人の歩みを語っています。

 データとして興味深いものもいろいろとあります。たとえば、岡崎市大樹寺にある徳川家代々の将軍の、ほぼ等身大の高さで作られたという位牌の写真とそのデータなど…。

 将軍位牌の高さは、初代家康159センチ、二代秀忠160センチ、三代家光157センチ、四代家綱158センチ、五代綱吉は124センチ…。

 あれ?と思うデータではありませんか? 

 また、子女の数でいくと、初代から順に、19人、9人、7人、0人、2人… 。

 最高記録の将軍は側室16人に子女57人でした。

 なぜにそういう人生を歩くことになったか。子女の数ひとつにしても、考え方とドラマがあります。それぞれにまた生まれおちた星のもとの運命かと思うと、単にすごいというだけでなく、やがて哀しくも思えてきました。

 エジプト王のミイラにしても、レーニンをはじめとした、遺体がそのままに保存されている歴史上の人々にしてもそうですが、死後までも注目されるということはすごいこと。

 それだけの人である…と同時にそっと安らかに眠りについておきたい…という思いはなかったでしょうか。

 読みやすい文体と興味深い内容で、いっきに読んでしまったと、ふっとエジプトのミイラの棺の上にあったというドライフラワ(ー…それがささげられたときは生花だったのでしょう…)。そっとたむけられたその花の存在を思い出しました。

 「徳川将軍家15代のカルテ」 篠田達明氏著 新潮新書

 

 

   

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【読書】ハンニバルライジング

 「レッド・ドラゴン」「羊たちの沈黙」「ハンニバル」といったレクター博士シリーズの新作。といってもレクター博士の年齢的にはこれらよりもずっと昔の、少年時代から青年時代を描いた作品。

 高貴な家に生れついたが、ナチスドイツから逃れるために狩猟小屋で生活した日々、その後に家族を襲う不幸。その後叔父にひきとられてのフランスでの日々。叔父の妻である日本人女性への思慕。パリでの医学校優等生としての顔。そして復讐…。

 映画はGWに公開ということで未見ですが、これまでの原作に比べて、この原作自体がとてもビジュアルで映画的な書かれ方に思いました。これまでの原作は、緻密に事件を追っていましたが、今回は、とてもイメージ重視。改行と、字体に変化をつけた部分の多用が、ページから、ビジュアルな印象を醸し出しているかもしれません。

 全体的に今回は、”霧がかかった深い森の中”という印象を受けました。そこを手探りで歩いていくかのようで、これまでの原作とは違う雰囲気にちょっととまどいました。これまでの作品では、FBIの女性捜査官クラリスが軸になり、あるはっきりしたカラーをだしていましたが、今回はクラリスは登場せず、かわって叔父の妻である日本人の女性の雰囲気がとても全体に与える影響が大きく、非常に日本画的な独特の雰囲気でした。綾辻行人氏の作品のような気さえしました。

 ミステリーとしてのおもしろさは、正直言って、これまでの作品のほうがあったと思うのですが、若き日のハンニバルの中に見る不安定さと視点の斜度が興味深く、どこか痛々しい本でもありました。

 当然ながら原作と映画は別物です。「ハンニバル」では特にそれを感じたのですが、さて、今回はどうなるのでしょう。霧の森をさまようような2時間になるかも…。

 ハンニバルライジング(上・下) トマス・ハリス 高見浩訳 (新潮文庫)

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ごあいさつ:習慣は第二の天性?

…ずっと何年も書いていたHPを閉じたのは先月のこと。

映画と本のおはなしがメインだったのですが、

時間貧乏になる→

なかなか映画や本を楽しめない→

更新できないままの放置サイトになる→

なにか見ないとあせる→

でも、書くために見るような気になってそれはそれでストレスがたまる→

おりしもパソコンの調子がものすごく悪くなった→

パソコンを買い替えるとそれまでに使っていたソフトが対応しきれなくなった→

これは天の声にちがいない…と、おもいきってサイトを閉じた→

しばらくはほっとした→

でも、やがて何かを見たり読んだりすると、やはりどこかに書きたくなってしまう→

ということで、また書きはじめることにしました。

”習慣は第二の天性である” ??(By キケロ)

ブログは以前少しだけトライして苦手意識をもっているのですが、

とにかくもう一度トライ。

どうぞよろしくお願いします。

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