ひさびさに”今日の言葉”

 

 以前、”今日、印象に残った言葉”というシリーズを作ろうとして企画倒れしたことがあるのですが、今日は、ひさびさに、”今日の言葉”を…。

 夕刊で読んだ、脚本家、鎌田敏夫さんのエッセイの中で紹介されていた言葉で、なんでも西部劇の中のセリフだそうです。

 

 ”惚れてもない女の悪口を言うな”

  … 自分とは関係のないことであれこれ言うな、批判のための批判はするな… という意味だと。鎌田氏は、他人の作品に向き合うときの自戒とされているそうです。

 

 どろどろぐちぐちとなりそうな場面でこの言葉が登場すると、しーん…となってしまいそうです。西部のガンマン、あるいは保安官の、テンガロンハットをふっと指であげるようなかっこいいしぐさが目に浮かぶようです。

 

 ところで、最近、また見てみたいと思っているのが”スティング”です。あの映画の中の女性がとてもかっこよかったという記憶が突如蘇り、見てみたくなっています。

 

 

 

 なんだか、最近の某国の政治の世界では、”カッコイイ”という言葉が死語になりそうな…。おっと、これも惚れてもない人への悪口でしょうか。いえ、これは、そういってしまったらだめですね。真のヒーローに、心ひかれてみたいものです。

 

| | コメント (0)

電話機その後

 

 結局… 携帯電話はとても普通の機種?に変えました。

 スマートホンではなくて(体型をまずスマートに変えてから考えようと)、海外で使えるタイプで(今年はまだ具体的予定がないのですが、またでかけられますようにとの願いをこめて)、電話とメールとインターネット少々ができればよいものをと。

 

 色は、黒白レッド…とある機種で、黒は、大好きな色ですが鞄の中で保護色になってしまうのでだめ。おもいきってイメチェン?でレッドにと思ったのですが在庫切れ。結局無難に白にしました。

 

 帰宅後、うーん… とあれこれクリックしてみているのですが、よくわからない言葉がいっぱいです。いろいろすすめられたアプリの体験版も極力断って帰ったのに、それでも、なぜにこんな不要なニュースが流れるの??とかいろいろで、あれこれしてみてもなかなかすっきり自分が好きな形態にまだたどりつきません。

 でも、とりあえず電話もメールもインターネットも使えたので、困らずにすみます。ちなみに、PCから、携帯電話にメールが届かなかったのは、なんだか知らないうちに、PCメールブロックに設定が変わっていたからのようです。なぜかしらん…とほほ。ということで、メールが届かない、届かない…と言われていたかた、申し訳ありませんでした。実証実験済みなので、これからちゃんと届くと思います。

 

 とりかえてよかったことは、これまで、蚊の鳴くような?音でちっとも気が付かなかった着信音が、ちゃんと大きくなったことと、メールの予測変換が豊富で、特に英語のものができる!ということ。 これは、少し前に美容院で、美容師さんに”英語のメールがとにかく携帯では、しんどいですぅ。一文字一文字で…”とこぼしたときに、”えっ、うそぉ…。ほら、自分の携帯はこんなふうに、英語も変換されますよ”と見せてもらい、ショックを受けただけに、やっと時代においついた?ようで嬉しいです。

 

 まだまだ、あれこれ、わからないところがいっぱいですが、久々に新しいおもちゃを手にした気分で、楽しんで、いらないものをばっさばっさと落としていこうと思っております。やっぱりしんぶるいずべすと。

 これでもとぅまっち>自分…。知人に”きっず携帯で十分”と言われました。

 

 とぅまっちはだめよということで、最後に曲を一曲お届けしながら、ご報告までに。

 

  … 元携帯電話は、これからも目覚まし時計として、現役続行で過ごしてもらうつもりです。都市鉱山。マテリアルリサイクルはもう少し先で。

 

 

 

| | コメント (0)

電話機

 最近のプチな悩みが、携帯電話の買い替えのことです。

 ”ものは壊れたら買い換える。(それまでは買い換えない)”… というのが自分の中のルールなのですが、2か月前に、携帯電話のカメラ機能が壊れました。

 でも、メールの送受信、インターネット、通話は普通にできます。カメラがあれば、時々写メして、知人と楽しい時間が共有できますが、かといって絶対必要…というわけでもなく。

 しかも、今買い換えるとなると、これまでのような普通の?携帯にするか、今流行のスマートフォンにするか… と悩んでしまうのです。

 私はイマドキのものにとても弱いので、私の周囲は口をそろえて、”スマートフォンにしても無理無理…”と進言してくれます。 それをお守り?にして、たぶんきっと、普通のタイプの携帯電話で、もうすぐ買い換えるとは思うのですが、なんだかそれもおっくうで。ああ、なぜに電話を持ち歩かなければいけない時代なのだろうかと、電話苦手人間は思ってしまいます。

 

 電話をかけるのはとても苦手で、家の固定電話からかける先は、ピザなどの宅配くらい。携帯からかけるのは、どなたかがかけてこられて、その着信に気がつかなくて、あとで気が付いてあわててかけかえしするくらいです。

 さまざまな場面での待ち合わせのときには、一応番号を伝え合うのがイマドキの作法なのでしょう。そんなこんなで、番号の交換?をしているかたは、それなりにいるのですが、かかってくるかたは片手以上両手未満。携帯を解約したいなぁと思うときもありますが、少数とはいえ、私へのコンタクトがいるかたからは、”あちこちうろうろしていて、つかまらないので、絶対必ず忘れずにしっかり持っていて。しかも持っているだけでなく、ちゃんと着信に気が付くように!!”と言われます。

 

 自称”携帯公衆電話”(自分が必要な時に、公衆電話を探す手間をはぶくためにある、こちらからかけるためのツール)…なのですが…。

 

 … 家の電話はFAXと共に…というタイプですが、こちらはろくに使わないうちにFAXのインクが切れてしまうサインばかりがでます。

 電話がシンプルでなくなってしまったことをいまさら嘆いてもしかたないのですが…。

 仕事関係の電話はほとんどが、すかいぷ利用です。酷使するせいか、よく落とすせいか、ヘッドホンがまた壊れて、ああ、これも買い換えしなくては…と、とほほ。

 20歳のころには、あんなにときめいて、あんなに好きだった”電話”との自分との距離に、ちょっと多い目をしてしまいそうです。

 なんだか昔のシンプル黒電話がとても恋しいです。

 

 電話のことで、思い出した映画をご紹介します。とても限定的なロケ?地でこれだけの物語ができるってすごい!と思った映画です。

 あと、チャールス・ブロンソンさん主演の”テレフォン”という映画の情報を探したのですが、アマゾンでは見つけられなくて残念です。古い作品ですが、背筋に走った悪寒が忘れられない怖い映画でした。

 

 … 国家規模のテロ?(↑ 上の作品)に使われることがどれだけあるかはわかりませんが、日々の暮らしの中でも、電話は、小さな小さなドラマの大きな大きな小道具なのかもしれません。

 

 

 

| | コメント (6)

外国の首相

 ユーロ… どんどん下がっていて悲しいです。昨年11月の出発前に両替したときは1ユーロ110円くらいでした。カードで使った分の請求は105円くらいできていました。

 いつも旅先で使い残した現金は、再両替しないで、とっておいています。またその国に行けますように… というおまじないの意味で。

 ユーロ危機のニュースが増えて、嬉しいことといえばひとつだけ。ドイツのメルケル首相や、フランスのサルコジ大統領が、まるでふつうの仕事相手のように話しているシーンをテレビで見ることが多いからです。

 日本の外交シーンでは、なぜかああいう自然なシーンを見ることが少なくて、いつも”はい。正面向いてください。カメラはこちらです”的なところが多くて。もしくはやたら報道陣に囲まれていて、マイクを向けられているのに何も話さずすたすた歩かれていたりと。外国の要人と語られているシーンも、椅子に座られて横に通訳さんがいて…というような感じで、ないしょの話はあのねのね…などもってのほかという感じです。

 それに比べて、ふつうに二人で語っているメルケル首相とサルコジ大統領のお姿を拝見していますと、ちゃんと自分の足で歩いて、政治家として働き、背負うものは背負っていると感じるのです。そのほうがとても自然な気がしています。

 政策ほかの是非はよくわかりませんが、ニュースで映像をみているかぎり、メルケル首相って、好きです。先日、あるかたから、”あなたはメルケルさんみたいだ”と言われたからかもしれませんが。・・・

 しかしながらその理由は、ぽっちゃりして、昔からのままの髪型だからだそうですが…。

 

 最近、日々楽しみに読んでいるのが、新聞の朝刊に連載されている、トニー・ブレア前イギリス首相の回想です。訳をされるかたが気を使われて苦労されているのか、ときどき想像力を駆使する場面にも出会いますが、それでも、朝のひとときに向かいあうにはよいお話で。先日、首相になって、はじめてエリザベス女王に拝謁した時のシーンが書かれていて、そんなところを読みながら、ふっとある映画を思い出したりしていました。

 ブレア氏の女王様評… とこの映画の中での像がとてもよく一致していました。

 本当の意味で主役になれる人、トップになる人、トップになれる人というのは、孤独を背負える人なのでしょう。 少なくとも群れかたでの右往左往するかたのお話は、映画にはなりにくいでしょうね…。華麗なる群舞であればまたみごとなショーになるのでしょうけれど…。

 

 … 

 

| | コメント (2)

ショーシャンク、モンテクリスト…

 … 久しく実際のニュースでは聞くことがなかったキーワードをきいた気がします。

 ”脱獄”といえば小説や映画の世界ではいろいろと。

 

 ショーシャンクの空に、モンテクリスト伯、えとせとら。

モンテ・クリスト伯 7冊美装ケースセット (岩波文庫)

 ものすご くストレートな邦題で、”脱獄の報酬”というジャン・ギャバン氏主演の映画も忘れられません。

 

 本では、吉村昭氏の”破獄”が秀逸でした。作品名ばかりの紹介ですが、ふと蘇ってきた作品群たちです。

吉村氏の本は、昨年から、なんとなく実際に起こったことと不思議にリンクしていくようで怖いほどです。

 … アマゾンでの本の紹介の画像が願わくばちゃんとうつるといいのですが…(なんだかこんばんは変で) ちなみに、だつごくの…と入れていましたら、”脱国の”と最初に変換されました。 ふみゅ。

 

 

| | コメント (2)

【読書】悪女について

 

 

 …(ある本の感想です。最初にアップしたものから。少し加筆しました。まだきちんと書ききれていない気がしています。書ききれないと誤解されそうで怖いのですが、ネタバレなしに書くのは難しいです…)…

少し前の皆既月食といい、このところ、冬は陽が暮れるのが早いので月を見上げることが増えました。同じ時間に帰宅しても、夏ではまだ明るいのに冬には、月や星が見えます。

 月をみあげて帰りながら、よく思い出すのが、中島みゆきさんの”悪女”という曲です。月夜は素直になりすぎるから、悪女にはなれない… という歌の情景を思います。悪女ってどういうものなのでしょう…。

 

 新年のおみくじ?がきっかけで、有吉佐和子氏著の”悪女について”を読みました。神様の声には素直に耳をかたむけ、書店で即購入したわけですが、神様の声に従うのはよきことです。惹きこまれて、ずっと電車の中でも読み続け、夜更かしして読み終えてしまいました。

 まず、この本のお話をさらっと書かせていただきます。

 富小路公子なる女性が、ビルの7階から転落して亡くなりました。テレビのワイドショー?などにも登場する有名な女性実業家であっただけに、週刊誌などが、彼女の隠された過去、男性関係ほかの私生活を書きたてていくという中で、27人の彼女に実際にかかわった人に話をきいていき、彼女の人生を紡ぎだしていくというものです。

 彼女にかかわりある人々が、様々な立場から彼女の思い出をかたります。出生の秘密(自分は出生に秘密があり、育ての親である八百屋さんの夫婦にもらわれて、育ったと公子はいろいろな人に語ります。)、そして夜学で簿記を学び、生きていく力をつけ、実業家になっていく様子、彼女の婚姻関係、二人の息子の父親は誰かなどが、彼女の幼馴染、同級生、親、恋人、使用人ほかいろいろな立場から語られます。

 

 公子自身の言葉では何一つ語られず(文字通り死人に口なしなのでしょう。)一人称で語られるお話から、公子の人生がどんどん浮かび上がり、浮かび上がったと思うとまた謎が増え、その謎がまた他の人のお話から、解き明かされ… というとても秀逸なミステリーでもあると思いました。 タイトルがタイトルですので、なかなか手が出しにくい?本かもしれませんが、いろいろなかたにおすすめしたいと思います。一人の人生が27の視点から別々に語られたように、読後感もまた、それぞれのかたで違うと思います。

 それで、以下はあくまでも一人の読者の感想…です。(しかも、アップして読み直してみて、未読のかたにはとてもわかりにくい内容だと思いました。すみません。)

 読み終わってまず思ったのは、”この女性は悪女?”ということでした。

 

 そもそも悪女ってどういう人なのだろう…と考えさせられました。そして、それは考えれば考えるほど、おもしろく深い命題でした。

 もちろん、生きている間に、何一つ悪いことをしない人間…ということはたぶんありえないことで、ましてや、事業も成功させ、謎めいた出生の息子二人の母親でもある公子の人生には、その言葉の中で嘘も偽りもあったでしょう。が、それでもなお、公子は”悪女”だったのか? どうか…。

 事業で詐欺まがい?のこともしているかもしれません。…本の中では宝石のすりかえ疑惑などが描かれるのですが、これとて、”いやそれでももしかしたらそれは…?”という”いいがかりかも”と思えるところを残しながら書かれているところは実にこの作者のすごいところだと思います…。そして、もしも詐欺などビジネス上のことをしていたとしても、それは”悪人”であって、”悪女”ではない気がするのです。

 しかも、そこであげられている”だまされた(かもしれない)”人側にも明らかな非があるわけで。 ”それは、あなたのほうが悪いでしょ”… と思わず思いながら読んだりしたところもありました。 それだけ、一読者を味方につけてしまう公子 はすごいのかもしれません。が、それでもなお、そのことをして”悪女”ではないでしょう。

 また、男性関係にしても、公子のことを決して悪く語らない男性たちの証言がいくつもあります。そんな言葉を読んでいますと、少なくとも公子は、その男性たちにとっては”悪女”ではなくて、むしろ”天女”ですらある気がしました。

 

 ネタバレになりますので、具体的にとても書きにくいのですが、総じて、27人の証言から一度もあったことがない女性の人生を考えると、”ただ幸せになりたくて努力していただけであり、その一生懸命さが幾多の人を惹きつけ、またそれらの人に彼女なりに鏡のように向き合っていただけ”… のような気がするのです。

…鏡のような… というのは、優しい気持ちの人にはそのままに優しい気持ちで。心に邪念のある人には、その邪念に応じるようにと。

 婚姻にまつわる件、子どもを出産したときのことは、尋常でない行動なので、これをして”悪女”というのかもしれません。”貞操”という観念からですと、公子はとんでもない女性…なのだと思います。が、でも、あえてここも彼女の弁護側に立つとしましたら、”産む性”である女性という立場、家柄ほかで結婚を認められにくい(ましてこの本が書かれたころは)社会の因習ほかがベースにあります。 そこには眼をつぶって、”とんでもない女”のひとことで言うには、片手落ちなのかもと思いました。… もちろん初めての子の出産のときの産院からの連絡ほかには、目が点になりましたが。

 

 公子がテレビ出演するときのことをテレビ局の人が語っていたところがあります。最初に読んだときには、へぇぇ…(呆れ)という感じで読むだけだったのですが、後で思いなおすと、ここに、この本のいろいろなことが凝集されているように思いました。テレビ局側が求めているシナリオ通りの動き?に、本番で・・・・という行動から、公子のいろいろなことが凝集されているように思えるのです。(ネタバレになりますので、ここはごにょごにょと) 

 … そもそも彼女が”悪女”であるかどうかは、彼女に直接かかわっていない人にとっては、とやかくいうことではないはずのこと。週刊誌にしても、インタビューアーにしても、作家にしても、読者にしても …。

 もしも、作者がこの本に”悪女について”というタイトルではなくて、”或る女性の生涯”というタイトルにでもしていましたら、読者それぞれがこの女性について別の称号?をつけて読んでいたかもしれません。 ”悪女”というのは、作者から刷り込まれた印象にすぎないのかもという気がしてきました。

 

 … でも、これから、お読みになられるかたは、まずはしっかり”悪女について”というタイトルからスタートされて、この本の世界にたっぷり入りこまれますようにとお願い申し上げます。そうでないと、私は、この小説を楽しむある面を奪ってしまったという意味で”悪女”ということになりますから。 

 

 ”悪女”って、なんでしょう…。

 その女性とのかかわりがなく、またたとえあったとしても、何の”得”も受けられなかった人が、自分の人生とは違うタイプの、一生懸命に生きることで輝いた女性の人生を羨んでいう言葉だとしたら、”悪女”というのは勲章のような言葉なのかもしれません。 

 また、たとえ週刊誌的に”悪女”と言われる女性であっても、その女性とつきあった男性で、彼女との幸せな思い出をキープしている男性にとっては(この本の中にも複数でてきますが)、たとえ周囲が何を言おうと、彼女は天女なのでしょう。

 公子と関わった男性らの言葉には、彼女への慈愛を感じる人がいます。が、その一方でこの本で、ちょっと気になったのが、公子とつきあった男性には、強烈な個性を持っているようなタイプの男性がいなかった点です。

 それだけに、この本は、どちらかというと普通の男性が、ほんの少し??勇気をふりしぼって???、素敵だなぁという女性にアプローチして、その女性が、その男性の心に彼女なりにできる方法で精一杯こたえようとしたお話?という気さえもするのです。

 スウェーデンのことわざに”勇気ある男の子だけが美女とキスができる”というものがあります。”普通の男の子が、勇気をふりしぼってキスをして、それに女の子が微笑んだ”。… 光景が、なんとなく自分の中の読後の残影としてあるのです。 

 

 つきぬほどいろいろな想いが沸き起こる本で、うまくまとめられないままに書いていますが、新年早々にこういう本にであえたことに感謝し、おみくじを”大吉”と思いたいです。

 ところで、”悪男(あくだん?)について”…という本があれば読んでみたくなりました。

 … ”悪女”(あくじょ)と”悪人”(あくにん)は違うと思います。

 (あくだん)と(あくにん)はもちろん違います。”悪男”という言葉はきいたことがないのですが、”悪男”とはいかなる人なのでしょう?。  ”悪男”の中には、時に歴史上では”英雄”と言われている人もいるのかも。

 

 ”悪男”とはいかなるタイプか…。次なる命題?です。 ふーみゅ。 

 

 

 

 

 

 

| | コメント (0)

2種のおみくじ

 

 七草のころとなりました。

 せり、なずな、ごぎょう、はこべら、ほとけのざ、すずな、すずしろ…。

 高校生のころに、家庭科のペーパーテストの時に暗記したものが、この時期にだけ、記憶が瞬間解凍されたようにでてくるから不思議です。

 デパートで七草パックなるものを買ってきましたので、今日は七草がゆです。…クリスマス、お正月のあとでで、普通の食事にもどるための区切りの儀式なのでしょう。 …満漢全席????から、一汁一菜(ほんと!)に戻ります♪

 

 ところで、今年は例年にない行動をしました。 ”おみくじ”をひいたのです。

 小心者で怖がりなので、変なおみくじをひいてしまうと絶対に気にしてしまう…と思い、ずーっとひくことはありませんでした。(某ケーキ店でのフォーチュン・クッキーはのぞいて)

 

 ところが、今年はおみくじをひいてしまいました。以前は、お正月に神社に…というのも意識していなかったのですが、今年は調べごともありまして、神社めぐりをし(昨年からいったい何社まわったことか…)そのときの周囲の風にふわっと??のってみました。

 

 一社目…三日にでかけました。 ”大吉”です。 わぉ♪

 二社目… おみくじをひこうと思ったのですが、なんと新年四日には、もう賀正モードはかたづけられていて、お宮の中に、お賽銭箱まで運び込まれて修理中?で。結局お賽銭も投げ入れられずとりあえず、ぱちぱちだけ。お宮の中から、ひょこんと申し訳なさそうに頭をさげられたかたがおられました。あのかたは宮司さん?あるいは工事関係者さん?

 

 三社目… 五日に。ここは、企業関係の団体のみなさまでにぎわっていました。おみくじをひこうにも百円玉がなく、なんだか両替をお願いするのもためらわれて、結局800円のお守りを買いまして、おつりで百円玉2枚ゲット♪

 

 巫女さんに百円渡してひいたおみくじは… ”末吉”… でも、内容はそんなに悪くはなく、とにかく謙虚に気を引き締めて頑張れと。

 

 おみくじというのは、その場で木などにゆわえるものなのでしょうか?私はどうしてよいのかよくわからなかったのですが、なんとなく”末吉”だし…と、その場の木にくくりつけました。ちなみに、前回の”大吉”は、手帳にはさんで持ち帰りました。

 

 うーん。それでも、”末吉”…というのは気になります。

 どうしましょう? 手元にはあと一枚百円玉もあります。

 でも、巫女さんに”もう一枚♪”というのも気がひけます。

 そんなときに目に入ったのが、自動販売機型おみくじ?でした。百円を入れるとぽとんと。… これは神さまのお指図に違いない… と思い、百円をぽとんと入れました。

 そしてでてきたのは… またまた”末吉”… 

 しかも、なんと、書かれている内容が、直前に結びつけたものと全く同じなのです。

 

 くじには、ふつう”○○番”と書かれていますので、たとえ同じ末吉にしてもいろいろとあるはずです。それなのに同じというのは… もしかすると種類を減らして経費削減?省力化?しておられるのかもしれませんが、まさか神さまに限ってそんなことはなさらない…はず…。ということで、同じおみくじを二度ひいてしまったということはこれぞまさに神さまのおぼしめし?… と思い、こちらは手帳に持ちはさんで帰りました。

 

 大吉♪でちょっとまいあがっていた心を、着地させてくれるためにこの二枚があったのかな?と、勝手に解釈しています。

 

 … というのが、今年の”神社のおみくじ”でした。

 

 例年、自分の中でおみくじがわりに考えているのが、その一年で最初に読んだお話などです。そのあたりはずれ、内容で、勝手に今年を占っております。

 今年は、本当は年初にのんびり久々に長編のミステリーを読もうと思って、買っていた本があったのですが、あるかたから、短編小説がpdfで送られてきまして、それを年越しで読んでおります。十数年前のニューヨーカーという雑誌に掲載されていたもののようです。まだ読み終わっていないのですが、そんなふうに思いがけなく手にしていく… というのもよいのかもしれません。

 また、年明けしばらくはなかなかうかがえなかったブログめぐりも、ようやくスタートし、とても印象的なブログの記事をふたつ読みませていただきました。ひとつは、あるかたが書かれておいでの日本人観で、これには大いに共感しました。もうひとつは、魅力的な男性像、女性像を考えさせられる2冊の本からのお話で、これは目から鱗感覚。いずれもその鋭い洞察に敬服しまして、こんなふうな観察眼、思考回路、表現力が自分にもあれば…と、思わずにいられませんでした。

 

 この3つを、プリントアウトさせていただき、私のもうひとつの今年のおみくじ…と勝手にさせていただきました。

 

 

 おみくじというのは、一年を占うものなのか、それとも戒め、考えるヒントにするものなのかわからないのですが、今年は、大でも末でも吉でありますように♪

 

 

 

| | コメント (0)

エベレスト

 ここ何年か、テレビからどんどん遠ざかってしまっていたのですが、年末に紅白を見て、 イマドキ…を少し垣間見てびっくりしました。 一番印象に残ったのは、レディ・ガガさんとそのバックで踊っていたかたがたのクオリティです。 

 それで、そのときに、2日夜に、”エベレスト”があることにも気がつき、これは見たい♪…と思いました。

 NHKのハイビジョンでエベレストの頂上から、下界?を…という登山についてのドキュメンタリーで…。エベレストという山へのアプローチなどがわかりやすい内容でした。が、うーん… うーん… うーん。

 

 エベレストに関する映画としては、IMAXのものが忘れられず、正直なところ、今回の番組は、うーん… でした。きっと、ほかのかたちで編集されるに違いない、いわば今回はメーキングだと思うのですが。(あ、ちなみ、このうーんは、あくまでも、エベレストについての番組としてです。あそこまで機材をあげてでもつたえたい…という熱意には敬服しています。)

 

 それで、忘れがたい”エベレスト”をまた時間を見つけてみてみようと思います。(パソコンでしか私はこのDVDを見ることができないために、ちょっとハードルが高いのです。)

 

 … 昨晩テレビで見たものに感じた、なんともいえない違和感は何だろう?と考えていたのですが、それが”音”であると気が付きました。

 たとえば、エベレスト山頂からの映像を流す時に音楽が一緒に流れるのですが、あの世界、あの場に音楽がある…という違和感を感じたのです。あそこで音があるとすれば、人の呼吸の音とかではないかと。

 

 …音といえば、テレビで流れる音で一番違和感があるのが、”人が笑う声”です。…番組の中身によって、テレビのこちら側で、笑ったり共感したりするものではないのかしら… と思ってしまいます。 むかーし、アメリカのドラマなどで(奥様は魔女とか?)、笑い声が流れていて、それにも不思議な違和感がありましたが、そこで笑っている人を画面としてみるというのはもっと不思議な感覚なのです。ふーみゅ…。

| | コメント (0)

あけましておめでとうございます

 あけましておめでとうございます。

 今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 年末年始、それなりにいろいろな時間を過ごしましたが、この一枚!で、近況報告とさせていただきます。

 

 

20120101cake

 

 これが何かお判りでしょうか?

 グリム童話の”オオカミと七匹の子ヤギ”をモチーフにした、某ユーハイムのケーキです。

 おかあさんヤギの留守中に、ヤギの子を食べてしまって、おなかがぱんぱんになって、眠ってしまったオオカミは、眠っているあいだに、ヤギのおかあさんにおなかを開けられて、子ヤギの代わりに小石をいっぱいつめられて縫合されてしまいます。それにも気が付かず、ぐーぐー眠っているオオカミ… その様子が、まさに私のイメージにぴったりなのだそうで、新年にこのケーキをプレゼントされました。 ふーみゅ…。

 でも、なんとなく、このオオカミさん。幸せそうに寝入っていて、すっかり気に入ってしまいました。 中もとても凝っているおいしいケーキでした。

…ということで、今年は、

 ”オオカミ””おなかいっぱい””幸せに眠る”

 をコンセプトにして、過ごしていこうかと思います♪

 もっとも、吉例でなじみの洋服メーカーの福袋も買っていまして、それがまた裏切られない内容でなかなかの当たり…。みごとなコーディネートがされていましたが、年末年始の超高カロリーライフを過ごしてしまった身ではとほほ…なので、スタイルだけは、このオオカミさんケーキ状態をなんとか改善せねば…と思っております。

 …”オオカミがきたぞー”にならないように頑張ります。

 …オオカミつながりで、吉野家の牛丼を食べたくなってしまいましたです…ぼそっ…

 

 

 

 

 

 

| | コメント (2)

【読書】はやぶさ、そうまでして君は

 … 先日、小惑星”イトカワ”まで行き、そこの塵を採取して、地球に持ち帰った、”はやぶさ”の展示会に行きました。 博物館の学芸員や、はやぶさの部品にかかわった大学の先生から、説明をうかがいながら、地球に戻ってきた実物を見ていますと、テレビのニュースなどで少し見知っていた以上にすごいものであったのだと感じずにはいられませんでした。

 そこで、帰ってから買い求めた本が、”はやぶさ、そうまでして君は”…という、このプロジェクトのリーダーであるJAXAの川口淳一郎氏が書かれた本です。

 

 本の内容は、まさにサブタイトルである“産みの親がはじめて明かすプロジェクト秘話”にほかならないのですが、この本の内容を一言で表す言葉が、まさに、タイトルである、”はやぶさ、そうまでして君は”…でした。

 こんなにもタイトルが、ストレートでかつ正直である本に出会えたことを嬉しく思います。

 テレビでお姿やコメントを拝見して、とてもそのお人柄に感じ入っていた川口氏の素直なそのままの書かれようから、そのプロジェクトと、それにかかわったかたがたの想いを素直に知り、感じることができ、気持ち良い感動を覚えずにはいられませんでした。

 

 はやぶさが、”人格”すら持っているようにさえ感じるほどに、川口氏から見てまさに彼は盟友であると感じました。

 

 人事を尽くして天命を待つということ、あきらめないこと… 言葉で書くとつきなみになってしまいますが、そんな思いがいっぱいいっぱい、ストレートにあたたかく静謐に伝わる本でした。

 はやぶさ好きのかたはもうとっくに読まれているかもしれませんが、これまではやぶさなどに興味がなかったかたにもおすすめいたします。

 

 いろいろなことがあった一年で、特に読書・映画には手薄であったのですが、最後にこんな本を読めてよかったです。疲れない感動…をいただきました。

 いろんなかたにおすすめしたいです。ぜひ。

 終わりよければすべてよし…ということで、この一年の最後のおはなしにしたいと思います。この一年、拙いお話を読んでいただき、ありがとうございました。

 いろいろとお心にかけていただきたくさん情報や本やDVDをいただいていながら、十分に読み切れなかった一年でもあり、申し訳なく思っています。

 来年は、心機一転… 転がりながらでも、本をたくさん読んでいきたいと思っています。

 どうぞよいお年をおむかえくださいませ。

| | コメント (2)

«今年のあなたを漢字一文字で